Tuesday, October 28, 2008

村上春樹ニューヨーカーフェスティヴァルに登場:10月5日

ここのところ朝晩は零下。

毎年恒例のニューヨーカーフェスティヴァル。今年は村上春樹がゲストとして招待されインタビューを受けていた。なんでも、入場券は発売からわずか11分で売り切れるという記録的なものだったらしい(マルコム講演はいつも売り切れるけれど、11分以上かかっていたはず)。

村上によると、彼の小説の秘訣は、1.インスピレーション:ある日突然作家になった。どうして作家になったのかはわからない、2.文学に必要な要素を3つあげると:理性、調和、そして、即興性、3.はずみ:次のページをめくって読みたい、でも次のページにはなにもない、だから書かなくちゃいけない、次に何が起こるのかわからない、だから、書く、、の繰り返し。4.幸福:主人公が幸せだと、物語にならない、5.作家に必要不可欠な剛健さ:時にはロッキーになる必要あり、6.書くといくこと:喜び

観客の中から、村上の本を通じて日本人女性と結婚したというカナダ人が立ち上がり、妻から「こんにちは」とくれぐれも伝えてくれといわれましたと発言。そうすると、後方から、ぼくなんてオーストラリアから来たよ!との声があがったとのこと。

ニューヨーカーフェスティヴァルの入場券購入はかなり難しいとみているのだけど、みなどうにかこうにか購入しているのね。

村上春樹ってやっぱり世界的な人気作家なんだ。

Thursday, October 16, 2008

カナダ文明博物館へ行く;9月27日


9月26日の金曜日から28日にかけてオタワへ行ってきた。

今回は初めてのカナダ文明博物館へ足を運ぶ。ギリシア文明とヨーロッパ文化なる展示の最終日ということもあり、その日は結構な入場者数だった。ギリシア文明からビザンチン帝国の繁栄、そして現代にいたる。まるで世界史の総復習をしている感じだった。あ、そういえば、そんなこと習ったような。。。。グレングールドの展示もあったけれど、時間ぎれで足を運べず。。。

とても広い博物館の一部を歩いただけ、でも大ホールというトテームポールの聳え立つホールがあり、そこで、なにかのパーティーが企画されていた。二人のダンサーのリハーサルをそこで観る。

この博物館の建物はとてもユニークなデザイン。http://www.civilization.ca/splash.html子供博物館も併設されているようで、今「日本の自然との調和」なる日本の四季の風物詩なるものをやっているようだ。

Thursday, September 25, 2008

メットオペラシーズン始まる:オープニングナイト 9月22日

HD上映もこれで3シーズン目を迎えるけれど、平日の夜のオープニングナイトの上映は今回が始めて。何度も言うようだけれど、「労働者の町」と称している地元の映画館でのオープニングナイト、はたして観客はどのくらい(少ない)だろうかと思いながら足を運んだ。やはり少ない。。。う~ん10人かな。。

レネーフレミングのソプラノは素晴らしい。演技も上手。メットオペラ125年の歴史で初のオープニングナイトを飾る女性となったということ。3つのオペラから各一幕ずつのパフォーマンス。それぞれのドレスは有名デザイナーの手によるもので、さながらファッションショー。最初のラトラヴィアータの赤ワイン色のドレスが豪華、最後のカプリチオのドレスは、シックだったけれど、ガウンの感じがいわゆるねんねこスタイルに見えて仕方ない。そしてガウンを脱いだ時、レネーフレミングの背中に一本の襟巻きの黒い毛がくっついていたのが気になった(最初役柄で刺青かしらと思ったくらい)。そして、ねんねこガウンをまた身にまとった時、裾が折れて畳み込まれた感じでの着こなしとなってしまった。もう、このデザイナーにオペラ衣装の仕事はこないかも。。。

舞台はレネーの一人舞台。テナーもバリトンもかなり良かったけれど影をひそめていた感じ。NYタイムズの批評もレネーの演技のみ絶賛。オープニングナイトということで、一つの通しオペラではなかったので、個人的にはちょっと盛り沢山かなという印象。まさしく、レネーフレミングのためのオープニングナイトプログラムだったように思える。通常、このオープニングナイトは、政治家の所信表明のようにメトロポリタンオペラの今シーズンの意気込みを表すのが慣わしらしい。つまり、革新的なオペラや演出方法をこのオープニングナイトにもってくる。そうした意味では、今回の伝統的な3つのオペラでのオープニングナイトは例年のものとは異なるそうだ。これも、メットオペラスターレネーフレミングの3年前からの約束を実行したもので、2年前に就任したメットのジェネラルマネージャーもそれを変更する意向はなかったらしい。

Tuesday, September 23, 2008

ゴーシャとアレックスの結婚25周年記念:8月23日

ポーランド語の個人教師兼友人のゴーシャとアレックスの結婚25周年記念パーティーに呼ばれた。

ポーランドからゴーシャのご両親もみえて、総勢20人くらいの裏庭でのパーティー。通常、ポーランド人のパーティに行くとと小さい子供がわんさかいるのだけど、流石結婚25周年ともなると、子供も成長していて、同世代か上という年齢層の集まりだった。ちなみにゴーシャーとアレックスの子供二人は大学生と高校生。

ダンスミュージックはどちらかというと60年代あたりのものが主流だけど、ラップミュージックも混じる。印象的だったのは、ラップミュージックにあわせて、ゴーシャのパパとゴーシャの下の娘アシャが社交ダンス風に踊っていた事。ゴーシャのパパはしっかりと背広にネクタイ。

アレックスは長距離トラックの運転手で、家に戻るのは週に2日くらい。子供も順調に成長し、大きな家を構えるものの、ここのところのゴーシャの心境は複雑。というのも、ポーランドで大学を出て学校の教師をしていたゴーシャだけど、カナダでは、自分の満足する仕事につけない。少しでもいいお給料に、少しでも知的な仕事に、少しでも誇りを感じる職場に。。と思うのだが、ポーランド人に限らず移民の職探しは簡単ではない。あと数年で50歳を迎えると思うとさらに焦りはつのる。

こんなに職探しが大変だと知っていたら、カナダにはこなかったかも、、、とポロリ。。。

そういえばバッファローで。。

最高気温20度、週末から今週いっぱいは晴れ。もう夕方は涼しい。

ペンシルバニア州へフランクロイドライトのフォーリングウォーターハウスを見に行った時、バッファローからアメリカに入国した。その時、とても日本人びいきの入国審査官にあたった。そうしたら、あら、なんと昔日本で一斉を風靡したプロレスラーデストロイヤーの甥っ子というではないですか。デストロイヤー氏は、ここから20キロも離れていないところに今も住んでいるとのこと。

Friday, August 22, 2008

ヴィッキー、クリスチーナ、バルセロナ:ウッディアレンの新作をみる

確か今年のカンヌ映画祭で上映され、ウッディアレンの最近の映画の中では一際評判のいい映画として紹介されている。

ニューヨークでの撮影からすっかり影をひそめ、ここのところはイングランドでの撮影。そして、今回はスペインバルセロナでの撮影である。北米の街、文化自体、ウッディアレンにとっては魅力のないものになっているように思う。 ずっと昔は女同士の友情は続かないがごとくのイメージがあったけれど、この映画ではとてもカジュアルな女同士の友情、愛情が映し出される。そして、これは私達女性にとって、とても身近なものと思われる。

一方、魅力的なスペイン男性に比べ、登場する北米男性がいかに退屈でつまらないか映し出される。これは、物質的なものでしか価値を図ることの出来ない北米文化の産物に他ならない。特に、高収入を得るがため全てビジネスに関連した科目を履修することが成功の秘訣とされているような高等教育。枠にとらわれることなく幅広く学問を自由に学び、人間としての理想と哲学を学ぶという永遠の課題が大幅に歪曲されている。実際最近入社の大学出は、殆どビジネス関連のコースを習得している。理系専攻(数学専攻、コンピューターサイエンス専攻とか)もビジネスコースとの組み合わせはかかせないよう。 優秀ではあるけれど、なんか物足りない。。。と思えるのは自分の年のせいか。。。

やっぱりウッディアレンの映画はおもしろい。今一評のここのところの彼の映画、マッチポイント、スクープ、メリンダメリンダも実は好きなのよね。

シルクドソレイユ;Saltimbancoを観る

カナダが誇るワールドクラスのケベック発祥のサーカス団のショーをついに観る!

この20年あまり、タイムマガジンやメディアで多々紹介されていてずっと見たいと思いつつも機会がなかった。今回見たものは、シルクドソレイユの定番。アクロバティックな演技が強調されているショー。

下記サイトの左側のWatch a clip にいくと全容が伺える。http://www.cirquedusoleil.com/CirqueDuSoleil/en/showstickets/saltimbanco/intro/about.htm

当初人気が出た頃は、殆どがカナダのパフォーマーだったけれど、ここ最近はトップクラスの多国籍パフォーマーによる演技となっている。

いつか、ラスベガスのショー”O”をみたい。Oは驚愕の叫びイコールフランス語の水。舞台に造られた巨大な水槽でのパフォーマンスとなる。そのエンジニアリングの技術はまさに息をのむものらしい。

オタワ;ナショナルアートギャラリー:ヨーロッパ1930年:第二次世界大戦の前兆

モントリオールからオタワへ移動。

ナショナルアートギャラリーで1930年代のアートの展示を見る。ダリ、ピカソの絵画。そして恐ろしいほどに完璧な肉体を理想とし象徴する写真、マスゲーム。そしてファシズムの台頭。

1930年代が世界大恐慌後、なんとも暗い時代だったことをあらためて認識。

能天気な時代に生まれてよかった。。。と安堵。

モントリオールの建築

今年の夏は記録的な降水量を記録している。ほとんど夕方になると嵐のような雷雨となる毎日。やっと迎えたこの1週間の休暇は雨なしの最高のお天気。

7月にモントリオールを訪ねた。1年ぶりでいつもと違うルートで街をぶらぶらすると、ずいぶんと光景が変わっている事に気付きびっくり。モントリオールモダン建築の本によると、不景気と停滞の20世紀後半を経て、21世紀にはいってから(つまり2000年から2005年の間)に、かなりモントリオール建築の活性化が積極的に推し進められたとのこと。それは、高い次元におけるモダニズムとしてのポストモダニズム、再生のポストモダニズム(モダニズムに反する伝統への回帰)、モダニズムを超越するポストモダニズム(アートの終焉を認識せざる脅威)と説明されている。
建物はカラフルで正面から眺めるとフラットTVのごとくとても薄っぺらな厚みのない印象を与える。http://www.imtl.org/montreal/image.php?id=3820
http://www.imtl.org/montreal/building/UQAM-Pavillon-des-sciences.php
http://www.imtl.org/montreal/building/Le-crystal-de-la-Montagne.php
http://www.imtl.org/montreal/building/Hotel-InterContinental-Montreal.php
http://www.imtl.org/montreal/building/Le-Palais-des-Congres-de-Montreal.php

やっぱりモントリオールは魅力的な街。

Wednesday, July 16, 2008

デンマーク映画、「バベットの晩餐会」を観る

1988年に外国映画部門でオスカーを獲得しているデンマーク映画。なんとも後味のいい映画だった。

人里離れた超保守的なクリスチャンコミュニティの中にフランスからバベットがやってきて年老いた姉妹とそのコミュニティに住む老人達にお料理を作る。そして記念すべき晩餐会はバベットの強い希望で本格的なフランス料理となる。老人達はもちこまれる食材を見て目を丸くし、地獄に落ちるのではないかと思うくらい。

超保守的な社会の中にも当然のことながら人間の断片的な醜さを垣間見る。バベットの最高の晩餐で、老人達は、再び愛を語り、美味しいワインから喜びを感じ、不満や中傷ではなく大きな心で人々を受け入れる。

話はとてもゆっくりと進行し、ストーリーの展開に激しいアップダウンは全くなく、おとぎ話か抒情詩のごとくたんたんと進む。とても繊細なタッチで微妙な描写。そして不思議な感動を与え、後味のいい映画となっている。

Tuesday, July 15, 2008

アンディウォーホール博物館、ピッツバーグ、7月1日

アンディウォーホールがピッツバーグの出身とは以外や以外。ということで、鉄の街ピッツバーグにあるアンディウォーホール博物館を訪ねた。2年ほど前、トロントのアートギャラリーでアンディウォーホール展がありかなり興味深く鑑賞したのを覚えている。彼もやはり天才である。http://www.warhol.org/default.asp

ところが、この博物館の展示物内容は若干期待に反するものだった。ピッツバーグにある博物館ということで、見学者の数はニューヨークや他の都市でのそれと比べて激しく劣るのであろう。ということで、彼の作品は、世界各地の展示会場に持ち出されている、また、他のギャラリーでの常設展として展示され地元の博物館には保存されていないものが多いと思われた。

印象に残ったものは、各階に監視員としていた若いアーティストと思われるかっこいいお兄ちゃんたち。アンディウォーホールはピッツバーグにある芸術学校を出ている。おそらくそこの学生達なのであろう。見学者に構わず椅子に座ってスケッチしたり粘土をクネクネ練っていた。

ピッツバーブに行く朝、道に迷い、行ったり来たりしていたところ、再びおまわりさんに止められる。アメリカ映画の一場面みたいに、後ろからマイクロフォンで路肩に止めなさい!、車から出ようとすると、車の中に待機しなさい!と注意された(コワイ)。おとといに続いて2つ目のスピード違反!時速60kmくらいのところを85キロくらいで走っていたとのこと。実ははっきりと制限速度を意識していたのだけど、なんせ起伏があり、注意しないと下りではついスピードがでてしまう。万事休す!と思ったところ、カナダからの一人旅、道に迷ってぐるぐるしている、ピッツバーグのアンディウォーホール博物館に行こうとしていると説明したところ、親切にも行き方を説明してくれ、気をつけるようにといって釈放してくれた。これが幸運といわずしてなんであろう。。

ピッツバーグの町はほんの一角しか覗かなかったけれど、一時の繁栄はすっかり影をひそめているという印象を受けた。

再びフランクロイドライト、ペンシルバニア州へ、その2

2泊3日の旅の宿泊先は、100年の歴史をほこるSummit Inn Resort という名前のとおり山の頂上にあるトーマスエジソンも宿泊したというホテルに泊まる。

この宿はフランクロイドのウェブサイトから見つけたもので、大当たりのホテル。日曜日と月曜日に宿泊したこともあり、ホテルは5割程度の宿泊客。リゾート宿泊地として建てられたものなので、ゆったりとくつろげるようにとロビーやパティオのスペースがかなり広く心地良い。

今回は、強行日程をくまず、仕事から解放されてゆっくりと気分転換するということも目的だったので、初日はパティオで読書や書き物。2日目の夜は若干気温が下がり、ロビーにある大きな暖炉の前でロッキングチェアにすわりぼーっとして過ごした。宿泊客が少なかったこともあり、バーやレストランのウェイトレス、また暖炉に薪をくべる従業員みな親切で、まるで自分の別荘にでもいるような気分になった。以外や以外レストランの食事も腕のいいシェフがいるらしく満喫。http://www.summitinnresort.com/index.php?id=31

山の上ということで、天気は変わりやすく激しい雷雨の後はピンク色の夕日が広がり、眼下に広がる谷間から上がる花火が見えた。

再びフランクロイドライト、ペンシルバニア州へ、6月29,30日、7月1日、その1

シカゴですっかりフランクロイドライトの住宅に魅せられ、シカゴへ行くのに比べると距離的に100km程近いペンシルバニア州にあるFallingwaterハウスを見に行った。ピッツバーグを南に1時間程、山を越え、森と渓流が見事に住宅の一部となって調和した住宅が現れる。1934年に建設がはじまり、1936年から63年の間ピッツバーグのデパート経営者大富豪の別荘地として使われた。http://www.paconserve.org/index-fw1.asp
参加したのは通常1時間の一般見学コースではなく、2時間のじっくり鑑賞コース。一人の老人は、全く驚くねぇといった言葉を何度も繰り返す。70歳を超えていると思われる老夫婦はいたるところにあるフランクロイドの建築物を訪ねる旅をしているとのこと。もう一カップルは建築家と思われる夫婦だった。

ニューヨーク州を通りペンシルバニア州への運転。なんとも美しい景観で気を許して運転していたところ、ニューヨーク州でスピード違反をくらってしまった。おまわりさんがぴったりと後ろにしばらくくっついても、まさか自分とは思わず。ついに車が横にならび、路肩に止めなさいの指示。制限速度時速約110kmのところを132kmで走ってしまう。オンタリオ州の運転に比べて、かなりのろいのでついつい抜かして運転してしまった。

途中、何度か激しい雷雨にも遭遇。またピッツバーグの南で戦車を作る工場を道路からみた。組み立てたトラクターを外に並べている光景と何ら変わらぬといった形で、戦車があからさまに敷地内に並べられていた。こうしたところにアメリカの悲しいメンタリティを感じる。

Saturday, June 14, 2008

古本屋みつける

先週のサルマンラシュディ講演会の行われた街にまた行ってみた(20キロくらい離れたところにある)。マコンドという古本屋を友人が教えてくれたからだ。マコンドはガルシアマルケスの百年の孤独にでる架空の町らしい。

日本の古本屋にはまだ負けるけれど、かなりおもしろい本屋だった。本の種類が豊富なこと。そして、まだかなり新しい。本屋で本を探す楽しみを味わえるところでる。2時間ほど狭い店の中をぐるぐるとし、数冊買ってしまった。

そして、次に見つけたのは小さなCD屋。クラシック、オペラ、ジャズ、ブルース、そしてワールドミュージックを取り扱う。品数は少ないけれど、チェーン店のCD屋で、この種のCDを揃えているところはない。

確かにインターネットで検索すればなんでも購入できるけれど、本やCDを手にとって買い物するというのは楽しい。

早期退職、ローナの場合

最高気温28度。曇りから晴れ。ちょっとムシムシ。

昨日はローナの退職日で、水曜日に退職おめでとう会があった。強烈なブルドック顔といつもポジティブな姿勢の彼女は猛者の多い会社の中で人気があり、昔の写真もいっぱいスクリーンに映し出される。涙のお別れ会になるかと思いや、流石ローナ。皆を笑わせ、20年はあっという間にたつというメッセージを私達に残してくれた。

ローナは60歳に近いくらいじゃないかと思われる。明日の日曜日には早速、故郷のアイルランドに飛び、母親の93歳の誕生日に望むとのこと。そして、退職後の生活はアイルランドでのB&Bの経営だ。これから、建築許可を申請するということで、これはなかなか大変なことらしい。もし、許可がおりないようであれば、カナダでインテリアコーディネータなどの仕事にとりくむとのこと。これから、また彼女のチャレンジが始まる。

60歳はまだ若い。現在の人間の寿命を考えると、確かに次があるって思えてくる。

Sunday, June 08, 2008

サルマンラシュディ講演会

気温32度。ムシムシ。強風。夕方雷雨。ガソリンリットル1ドル34セント。

だめもとで、やはり講演会に足を運んだ。そして、やっぱりダメだった。。。教会入り口には体格のいい男性がたっていて厳しくチケットのチェック。おねが~いとすがる数人にチケットがないと入場できませんと対応していた。またまた悔しさがこみ上げる。

帰り道は、雷雨竜巻警報の出ている中運転。黒い雲の下をちょうど走った感じで、大粒の雨と雷の中を走りぬけた。

教会の近くにカーウォッシュならぬ、ドッグウォッシュの場所を見つける。

Saturday, June 07, 2008

またまた地元講演会をのがす、、サルマンラシュディ

隣町の本屋が30周年記念をかねてサルマンラシュディの講演会を開くと知ったのはかれこれ一月半前。10ドルで彼の新刊朗読とお話が聞けるという事でずっと楽しみにしていた。

しかし、、、田舎の隣町。。。ということで、あなどったのがまずかった。。今日、「明日のチケットちょうだい」、って行ったところ、前日に何を今更という態度で呆れられた。講演会会場も当初の400人収容できる教会から600人プラス100席椅子を並べることのできる教会に変わったんだよって。つまり700枚のチケットがあっという間にうりきれたのだった。。。「彼は大物だし、このグエルフ(田舎の隣町の名前)はクールな街なんだ」なんて自負された。でもさ、ねぇ、なんとかどうにかならない??当日並んだらどうにかなる?とかしばらく粘ったものの。無理だねって。ガーン

確かに農学部や獣医学部に抜きん出る大学がある古い街である。後ろにいた女性が、「我町の住民が文化的行事にこうした形で反応した(700枚即売)というのはうれしいことね」といっていた。

う~ん、やぱり仕事に忙殺されていると、こうしたことに手を打つ時間も損なわれてしまっているのかもしれない。。。

"Beach Music", Pat Conroy を読む

晴れ、ムシムシ、最高気温32度。ガソリン代はついにリッターあたり1ドル34セント!!

旧隣人のおじさんが勧めてくれた本。この作者はバーバラストライサンドとニックノルティ主演の映画「プリンスオフタイド」の作者ということもあり読む気になった。この映画、結構好きな映画なのだけど、後半の余計なラブシーンが映画の緊張感をたるませるところかな。ということで、「プリンスオブタイド」を読むつもりが、本屋で手に入らず(カナダの本屋は全く本の品揃えが悪い)、この「ビーチミュージック」にとりかかることになった。

ジョージア州の隣にあるサウスカロライナ州を舞台に繰り広げられる幼なじみとその家族の話。ここには、ポーランドからの強制収容所から生き延びたユダヤ人老夫婦もでてくる。おじさんいわく、ストーリー性があり読ませる本ということだった。確かにそうなんだが、、そして大いに楽しんだのだが、ストーリー性という点ではジョンアービングの方が優れているなぁと思う。なんというか、ジョンアービングの小説は突拍子もないところもあるのだけどしみじみと伝わってくる。ビーチミュージックはストーリー性はあるしうまく表現されていると思うけれど、ちょっとハリウッド映画のウルサイストーリー性を感じたのよね。全ての登場人物一人一人が皆複雑なバックグランドを持っていて、その種明かしが全て最後に一気にやってくる。見せかけ自殺事件とか、愛情表現の下手な軍人の父親が死んだと思われた息子をイタリアで追い詰めるとか、ハイウッド映画っぽい。こうしたストーリーを映画でしか感じることの出来ない私は、なんかウソっぽいなんて思ってしまう。北米人は、こうした展開を身近に感じるのだろうか。

今年は、まだ全然本が読めていない。。 次はこの間シカゴ大学の近くの本屋で見つけたプリンスオブタイドにとりかかろうか。。。

Saturday, May 24, 2008

Malcolm Gladwell の地元講演会を逃す

Malcolm が5月12日にこの地元で新しく建てられるコミュニティー健康管理センターの寄付金集めのための講演をしていた。。。150ドルの講演プラス夕食会。

旧隣人を夕食に招いた時、おばさんがそんな話をしていたのだけど、なんとなく真剣味に欠けて聞いていたのよね。メノナイト系の健康管センターのために彼が講演するなんてしっくりいかなかったから。。。
12日は母の日開けの月曜日。母の日と父の日には里帰りするのかもしれない。去年マルコムに会ったのも大学から名誉博士号を受けた時でもあったけれど、父の日の休日だった。

日本におけるマルコム研究一人者としては、失策。面目なし。。そして、、とてもがっかり。。。他に誰も教えてくれなかったのね。。。

Frank Lyod Wright はやはり天才だ!

シカゴでフランクロイドライトの自宅兼スタジオと当時の自転車製造会社のFrederick Robieの依頼を受けてデザインしたRobieHouseを見学した。全くの野っ原で馬車が通っていた時代の1899年と1902年に造られた家。21世紀の今に見ても、全く違和感なしのシンプルでモダンな建物である。そして、こんな家に住みたいと思わせる住宅建築。フランクロイドは日本では、帝国ホテルと聖心女子大学の建築を手がけた。

住宅建築においては、ローカルの素材を使い、自然と調和する。フランクロイドの自宅には木の幹が家の中を通る。あえて切断しなかったのである。絵は飾らずステンドグラスで囲まれた家。そのガラス戸から広がる野原をみわたす。住宅、そしてその部屋の本来の目的を明確にし、無駄を省いたデザインは素晴らしい。家具も彼のデザインのもや作り付けのもの。それ以上のものはいらないということらしい。すわり心地の悪そうなダイニングの椅子は、そこに家族が座るとそれぞれが額縁の中に納まる形となる。

次は有名なペンシルバニアにあるウォーターハウスを見に行きたい。

Thursday, May 22, 2008

コンドミニアムの年次報告会

5月22日、晴れ、寒い。最高気温はわずかに11度。週末は23度くらいになるらしい。

昨日の夜、コンドの年次総会が夜7時半からあり参加した。60-70人くらい参加していただろうか。住人の約6割の参加者と委任状受け取り数で会議は成立。予想反せず、参加した99%は老人で、30代と思われるカップルが一組。会議開始と同時に、マーガレットというご夫人が、すっと手を上げ、「私のために皆と違う楽な椅子を用意してくれてどうもありがとう」の一言。彼女は歩行補助機でご主人とやってきた。会議が順調に進むかと思いきや、質疑応答の時間で私の隣に座っていたおじいさんが、立ち上がりマイクに向かって歩き、この無駄遣いはけしからん、プールの補修をお願いしたのに、理事会メンバーは何もしなかった等々、日頃の鬱憤を晴らすがごとく、まとまりないながらも発言。結局、理事から、「でも、もう直ったんだからいいじゃないか、まぁ、お座りなさい」と言われ、発言者のおじいさん、ぷいと怒って会場から出て行ってしまった。あらら、なるほど、老人ホームで些細な事から殺人に繋がる事件があることをちらりと脳裏をかすめる。いくつになっても楽しく生きていくということは大変なようだ。

築17年のこのコンド。やはり大なり小なり問題はある。今回理事会メンバーの選挙ということで、新人一人(同じ階のゲイのジョン)と現職の二人が立候補。すんなりと現職の二人が再任となった。再任の二人は80歳近いと思われる。もちろん、まだまだ頭脳明晰、元気なのだが、50代60代前半の若干若者としては、老人ホームのなぁなぁもいいけれど、ここで心機一転するべきではないかと感じているようだ。

会議は30分で終わり、そのあとワインやビール、サンドイッチにシュリンプカクテル、フルーツ、お菓子と並べられ、歓談の時間。マーガレットも、ワイン片手にしながら、ゲイのジョンに向かって私に言い寄っても無駄よなんていって皆を笑わせていた。ちなみにマーガレットは85歳か90歳に近いと思われる映画タイタニックのローズ役のおばあさんに似たご夫人である。

Wednesday, May 21, 2008

シカゴに行ってきた 5月16日~5月20日

シカゴを舞台にした映画を思い浮かべると、アルカポーネのギャングスター物(題名が思い出せない)、ポーランド人のおばさんから安アパートを借りる場面のあるハリソンフォードの「逃亡者」も、ポーランド国内についでポーランド人人口の多いシカゴだったように思う。"Harry met Sally"は、シカゴ大学卒業から話が始まったような。比較的最近のものではリチャードギアの「シカゴ」か。

1871年にシカゴ大火災で街は全焼。これを機に木造建設は禁止となり、シカゴ建築史が紐解かれる事となる。1873年、米騒動なるパン騒動に引き続き、鉄道労働者の8時間勤務体制要求ストライキ。警察が労働者を殺害したことから、爆弾爆発など暴動となり、4人が処刑される。これは、アメリカ史の中でも、最悪の正義に反した判決となったそうだ。文化面では1879年に美術館開設、1890年にはシカゴ交響楽団、シカゴ大学の設立となる。勢いにのって1893年に国際見本市が開催される。白い大理石で造られた見本市会場には2千500万人の入場者を迎えるが、終了後、経済停滞の空気を感じてか、建物は無残にも破壊され社会秩序の安定を欠いたそうな。1914年までにヨーロッパからの移民、そして綿花栽培の機械化によりアメリカ南部から大量の黒人が流れてきた。1910年に1.4万人だった黒人人口が1920年代初頭には11万人に膨れ上がる。人種差別が生まれ、禁酒法の時代を迎え、アルカポーネの時代となるわけである。

多くの都市がそうであるように、経済成長を伴う都市の発展とともに、社会格差は広がる。この様子は、大学受験に向けて一握りの優等生だけをぐいぐいと引っ張り、大半を占める他学生を無視して落ちこぼれとしていくどこかの教育制度に似ているような。そのしわ寄せは様々な形で現れる。どんな状況においてもバランスを保つというのは難しい事である。

シカゴのあるイリノイ州やインディアナ州は中西部と呼ばれる(mid west) 。西部開拓前、東部からみると確かに中西部なのだろう。でも、時にこの中西部という呼称は皮肉っぽく、閉鎖的な田舎者を示唆する事もある。トロントにいるいとこの妹がインディアナに住んでいる。その妹のことを、「あのこったら、最近なんだかあの中西部の田舎者の雰囲気を漂わせるようになって嫌だわ。マンハッタンが危ない何ていうの」といった調子。シカゴに行くにはミシガンを横断していく。ミシガンの店員が笑顔で対応してくれるのに対し、確かにシカゴの店員は無愛想かもしれない。発音もかなりアクセントが強いしねぇ。

Saturday, May 10, 2008

ピアノのお稽古とちょっとプレッシャー

ピアノの練習は毎日やるに越した事はないのだが、週日は仕事で、8時くらいまで残業していると、夜になって弾くのは隣人の手前気が引けるし、精神的にも余裕がない。そうなると弾くのはだいたい土曜日の午前中である。かなりがんがんと怒り狂ったように(?)2時間くらい弾くことも。おもしろいもので、弾く事を楽しめる時もあるし、弾いてストレス発散できるときもあるけれど、なんだか集中できず、1分もひいて気分がのらな~いと挫折することも多々ある。

先週はお隣のアンジェリーナとラムジィが、あなたのピアノをとても楽しんでいるのよという。手をやすめて聞くこともあるわと。。。今日、朝外を走って、サウナに入り(これは一週間のうちで最上のひと時である)、その後、新聞を取りに行くと、同じ階の南側のお部屋にすむデボラおばさんに遭遇。そして、あなたのピアノをとても楽しみにしているの、土曜日の午前中にしか弾かないのね、といわれた。デボラおぱさんいわく、彼女のご主人はエレベーターのボタンを押そうとする時に私のピアノが聞こえると、しばらく押すのをひかえるくらいよと。。。玄関ロビーでは、家族の迎えを待つらしいジムというおじいさんにもデボラおばさんから、この方はピアノを弾いて、私達を楽しませてくれるのよと紹介してくれた。ちょっと耳の遠いらしいジムおじいさん、ほぉ、あなたはどこのお国の出身ですか?なんて聞かれた。

自分のピアノが下手なことを十分に承知している私としては、なんとなくピアノを弾くのが気が重くなった次第である。。。

アンジェリーナとラムジィ

晴れ、最高気温20度。ガソリンついにリッター当たり1ドル25セント

先週の日曜日の朝、突然、お隣のアンジェリーナおばさんがノックノック。絨毯を取り除いて板の間張替えがやっとすんだからお茶でもいかがとのお誘い。

彼らの部屋は北西に面している角部屋で大きな窓から半パノラマの景観が楽しめる。調度品は高級なものばかりで、壁にかかったシルクのペルシャ絨毯はそれはそれは一枚完成するのに5年はかかったという代物。本物の見分け方のコツまで教わった。

レバノン人の二人は、レバノンを離れサウジアラビアにいた頃、上の二人の子供をアメリカの大学で勉強させていたという。戦火の耐えないレバノンでの人生はあきらめていたようだ。レバノンというと遠い国の気がするけれど、二人は、我々は気持ちの優しい同じアジア人よ、という。確かにとても人懐こく、北米人のそれとはまた感じが違う。そして二人はかなりのインテリでもある。日本にも行っていて、日本びいきのよう。

おじさんはエンジニアで、我々一住人がやるべき部屋の修理点検のことも実演でやってくれた。洗濯機のあるスペースの壁には工具がずらりとそれはそれは整然と並べられ、今度は私の部屋に来てもらって修理点検指導してもうことに。これで、私は何があっても大丈夫である。こうしたことに全く音痴な私としては、ウレシイ限り。

この時、おばさんの出してくれた濃いターキッシュコーヒーが本当においしかった

Wednesday, April 16, 2008

"Love in the Time of Cholera", Garcia Marquez を読む

晴れ、最高気温16度。金曜日は20度に。。ガソリン代高騰。リットル当たり1.17ドル

100年の孤独を読むつもりがガルシアマルケスの最新作になってしまった。映画にもなった作品で昨年末あたりに公開されたような。

身分の違うプラトニックの恋。フェルミナは父親の希望どおりに医師と結婚、フロレンティーノはフェルミナのことを忘れる事が出来ず独身のまま過ごすが、もちろんその間、多くの情事が。。そしてフロレンティーノがフェルミナに恋した日から、51年9ヶ月と4日の月日が流れ、フェルミナの夫の死を契機に、70歳を超えた二人の愛が再燃する。

なんだかわからないでもないです。わたしも、なんとなくありえない話じゃないという気も..。昔思いを寄せた人に、80歳になってから会って、その時お互いに一人モンだったら。。。って(う~ん、二人くらい脳裏をよぎる....)。=(一人ではなく、二人というところに私のテキトーさがでているなぁ。。。)

Tuesday, April 08, 2008

旧隣人の引越し

16度。今夜は雷雨の予報。

3月大雪の土曜日に夕食にお招きした旧隣人から電話があり、実は同じコンドに引っ越す事になったのよ、と言われ、二人で大笑い。

おじさんが引越しをかなり本気で考えていたことは知っていたけれど、おばさんは35年住み慣れた家の片付けを考えただけでも腰が重いわ。。と言っていたから、こんなに事が進んでいるなんて全く知らなかった。

それでも、実は先々週末、近くを通ったところ、ちらりと住宅売りの看板が出ているのをみてびっくり。おばさんを説得していよいよ行動に出たんだなぁくらいに思っていた。そして、新居は決まったのかしら。。と。

でも、タイミングというのかなぁ。実は、おじさんとおばさんを夕食に招いた翌週、ここの掲示板に不動産屋仲介なしの個人のコンド売り情報が張られて、それを見て、早速おばさんに電話した私。15階でかなりモダンに改装したということで、ちょっと対象外かもしれないけれど、私のところの2倍の広さのようだし興味がてら見てみたらと。 そしたら、なんとそこに決めてしまったのいうのだから、もうおかしくて笑いが止まらなかった。おじさんは、また隣人になるかもしれないよ、なんて結構確信をもって言っていた一方(夕食の時はそんな売りがでるとは思いもよらなかったけれど)、おばさんは、2階以上のところに住むんなてなんだかいやだわ。。。という発言をしていたし。

でも、私の時もそうだったけれど、相性というか、決まる時にはあっという間に物事が決まるもの。

現在、おじさんは、去年の竜巻被害の救援活動のためカンサス州に4月の末まで行っている。今後もおじさんのこうした活動やおばさんと二人での旅行等、家をあけることが多い。退職後の人生をエンジョイするそのためにも、気軽に留守に出来るコンドミニアムを探していたわけだ。

5月中旬にこちらのコンドに入居、6月に家を手放すという計画らしい。今度はおむかえじゃなくて、上下でお隣さんになるわね、、というのはおばさんの弁。

Sunday, April 06, 2008

HDメットオペラ:ラボエームを観る

晴れ、気温14度。雪解けが進み川の水位がぐっと上がる。月曜日と火曜日は最高気温17度の予報

映画「ムーンストラック」でのNYメットのオペラシーンがこのプッチーニのラボエームで、パン職人のローニーの部屋でレコードから流れる音楽もラボエームである(ポスターも貼ってある)。聞き覚えのあるメロディが次々と流れ、感情の盛り上がりを情熱的に表現する感動のオペラだった。メットでも上演回数の多いオペラの一つと説明された。圧倒される舞台装置とキャストの人数の多さにもびっくり。オペラを見て泣くなんて思いもよらなかったけれど、目が若干潤ったカナ。

今回、映画館に行くと、いつもの4倍くらいの観客で、劇場が半分くらいうまっていてびっくり。いつもの席よりも3列ほど前の席に陣取り、若干、近すぎるくらいの距離での鑑賞となった。トロント市内の映画館では通常2つのスクリーンを使って放映のところ、急遽3スクリーンにし、すぐさまチケットが売り切れたと聞いた。やはり、ラボエームということで観客動員数がぐっと増えたようだ。

今シーズンのメットオペラもあと一回を残すのみ。去年セビリアの理髪師で登場した若きペルー人のテナーの登場である。予告でチラリと彼の声を聞くと、やはり輝きが全然違う。う~ん、楽しみ。

次のシーズンは放映回数を8回から10回に増やすそうだ。

Thursday, April 03, 2008

ジョゼフ(ユーゼク)

晴れ、最高気温7度。日曜日は14度になる予報。

ジョゼフ(ユーゼフ)が英国で心臓発作で亡くなったいた。享年63歳、腕利きの家具造り職人だった。

中学を出てから親類の家具職人見習として始めたらしい。30代でカナダに渡り、品質の良い家具造りで生計をたて、弟も彼を頼ってカナダにやってきた。私達とであったのは彼が40歳位の時だったと思う。その頃、弟の方は、妻も子供もいて移民としての生活を築き始めていたのに対し、ジョゼフは相変わらす、移民の資格を得るために弁護士に大金を払い続けているという有様。そして、残りの収入の使い道はポーランドにいる家族への仕送りと毎日の飲み代。ジョゼフとの写真を見ると、いつも乾杯していて背景にミニクリスマスツリーが映っている。知らない人が見るとあたかもクリスマスの時に撮られた写真のように思うけれど、これは日常の一こまに過ぎない(クリスマスツリーは1年365日そこにある)。月曜日1本、火曜日1本、、とウォッカのビンがソファの横に並ぶ。お金目当てのようなガールフレンドも入れ替わり立ち代り。皆が忠告しても、気にせず。

毎日ほこりにまみれて仕事し、家に帰って飲んで、ベットの中でテレビをみながら、酔いつぶれて朝を迎えるという生活パターン。彼の人生の後半はこの規則正しい繰り返しだったと思うと複雑な気持ちにならないでもない。。。

カナダでの最後は、ポーランド人街で間借りしていたところ、同居人とトラブル。警察が呼ばれ、身分証明書を求められて即強制送還となった。これが5年ほど前だろうか。その頃には、ポーランドにいる妻は見切りをつけていたらしい。ポーランドに帰っても結局行き場がなかったわけだけれど、その頃タイミングよく(?)ポーランドのEUへの参加とイギリスとの就労協定が結ばれ、英語ができる(ちなみに彼の英語は片言)ということで即イギリスで働き始めたと聞いていた。なんて運のいいことと元亭主と笑っていたものだけど、結局、異国で一人倒れているところを見つけられたのではないかと思うと悲しくなる。

ジョゼフにまつわる話は本当に沢山あり、傑作なのはカナダに見切りをつけアメリカに渡ったときの話。結局、カナダがいいということですぐさま再び国境をこっそり渡る。その時に警察につかまるのだけど、「なんでまたカナダに戻ってきたんだ?」という質問に、I love Canada. と返事したことで無罪放免になってしまった(まるで漫才)。また、共産主義が崩壊し、もう政治移民としての手段も失われ、益々ジョゼフの移民の資格取得が難しくなると、残りはホモセクシュアルであるという手段しかないぞ、、などと言う話で大笑い(ジョゼフがホモセクシュアルなんて不可能、あんなに女好きなんだもの)。。

引越しの時に、ジョゼフの作ってくれた本棚も分解し、今は棚の部分が手元にあるだけ。バナナのようのな大きな指と手が懐かしい。。。合掌。

Friday, March 28, 2008

マルコムからのEメール

晴れ

2週間程前に、久しぶりにマルコムにEメールした。講演会等での話題は多いものの、雑誌ニューヨーカーへの執筆もないし、彼のブログの更新もままならないという今日この頃。マルコムと読者をつなぐものはやはり彼の書くものであって、それがないと非常につまらない。ということで、読者はみんな待っているよってメールしてみた。そうしてら、昨日、メールが。。。。ウフフ

彼が3冊目の本を年明け早々に出版ということで(2007年6月のブログ参照)、その詰めにずっと終われているとのこと。そして、そういってくれて(みんな待っているよって)ありがとうって。うふふふふ。さて、はたまた彼のメールは全て小文字。大文字がない。去年の1月あたりに初めてもらったマルコムのメールと一緒。その時はマルコムじゃないでしょって返答した(2007年1月のグログ)。今回、本当にマルコム???ってこちらも全て小文字で返答してみた。今日、メールをあけると、再びマルコムからメールが。。。昨日の私のメールの15分後に発信。      ”yes”って。

金曜日だというのに会社をでたのが夜の9時過ぎ(ここのところ連日です、そして来年まで続きます。。。)、かなり疲れてアタマに来て帰ったところにこのメール。もう、疲れも怒りなにもかも吹っ飛びました!

日本でのマルコム研究の第一人者と自称している私。早く彼の3冊目を読みたーい。

Sunday, March 23, 2008

メットオペラ:トリスタンとイゾルデを観る!

3月23日、イースター休暇で金曜日から3連休。晴れの良い連休でした。金曜日の夜はマイナス13度。今日は日中散歩する。

昨日のトリスタンとイゾルデはハプニングなく無事終わりました。2幕目では、ソプラノとオーケストラのパワーに押され、テナーの声が余り聞こえないなぁ、なんて思ったけれど、3幕目は殆どテナーの一人舞台。イゾルデのメイドのメゾソプラノが1幕で輝いていました。やっぱりワーグナーだなぁと感じた次第。少人数の登場人物で歌い手の力を思う存分試すという感じ。最後に至るまでにはすっかり圧倒されていました。

先にも書いたようにオープニングからハプニング続きだったこのオペラ。ソプラノのインタビューによると、4人のテナーとは、全くリハーサルがなく、すべて初対面でのラブシーンとなったらしい(2幕目)。突然のメットデビューとなったロバートディーンスミスは、3月14日にメットから連絡を受け木曜日の20日にベルリンからニューヨーク入り。20,21日とピアノリハーサルのみで、土曜日当日初めて舞台装置に足を踏み入れたとのこと。日曜日には、再びベルリンでの舞台のためヨーロッパへ。本人、2009年の12月にメットでデビューする予定だったらしいが、思わぬ早期デビューとなったわけです。

舞台装置はまたまたメットならではの深い奥行きと高い天井を利用したもの。でも歌い手にとっては大変な舞台装置だったと思う。なるほど、先の公演でテナーがひっくり返ったわけがわかりました。なんと、舞台に傾斜がついているのです。メイド役のミッシェルは、今日は、蛋白質の高い良質の朝食を食べて、舞台にそなえ、休憩にはプロティン入りジュースを飲んで臨んでいます、なんていうくらいの5時間に及ぶ大変なオペラなのに、それに加えて、屋根の傾斜の上で歌うような舞台にはそれはそれはお疲れのことだったと思う。ちょっと、歌い手のことも考えたら・・・なんてチラリと思うでもなし。ちなみに、照明は素晴らしかった。。。

男達のヘアスタイルはなんとお相撲さんのマゲスタイル。テナーのロバートは誰かに似ていると思っていたら、元横綱千代の富士でした。

Saturday, March 22, 2008

メットオペラ:トリスタンとイゾルデ

晴れ、

今日はこれから待望のオペラ。ワーグナーのトリスタンとイゾルデと聞いただけでゾクゾクする。なんと、時間を確認したらいつもは1時半開始なのに今日は12時半開始で延々6時間弱という長編だということに気づいた(よかった、時間を確認して。。。)

前回のピーターグライムは、漁村を背景とした華やかさの全くないオペラだった。かなりテナーの力量もためされるものだったらしいけれど、ニューヨーカーマガジンの批評によると、メットでは20年ぶりくらいの上演で、今回のオープニングにあたっても空席が目立ったらしい。

今日のトリスタンとイゾルデも、ちょっとハプニング続きらしい。カナダ人テナーベンハップナーがウィルスにやられて、オープニングを含む最初の4公演で歌えず、彼の代理はかなりの酷評を得たとのこと。他にも、舞台装置からテナーがすべって、異例の途中休憩となり、テナーの無事を確認してからの再開。メットデビューのソプラノ歌手は緊張のためか(?)、ニ幕目で不調を訴えて代理(メットデビューをはたす)をたてるという有様だったらしい。ということで、先週の金曜日は3人目のテナーと代理のソプラノでの公演だったよう。今日の公演はトリスタン役では初めてメットで歌うというロバートディーンスミス。どうなる事か、ワクワク

Sunday, March 16, 2008

講演会にひっぱりだこのマルコム

晴れ、最高気温3度、夜はマイナス13度

一週間前の大雪とは打って変わって、真っ青な空の広がる休日。久しぶりにマルコムの実家あたりまでドライブに行ってきた。陽射しはまぶしくても、風はまだ冷たく、ほろなしの馬車に乗るメノナイトの人達の寒そうな姿、そして馬のはく息の白さが、まだまだ春遠しと感じた。

最近、マルコムは多忙極まりないようで、週刊誌ニューヨーカーに記事を書かない。講演する機会のほうがずっと多いようだ。ジャーナリストが書かないということは、これはファンである読者にとってはゆゆしきことと思われる。なぜなら、ジャーナリストと読者をつなぐものは、ほかならぬ彼の文章でしかないのだから。ニューヨーカーもマルコムの人気に便乗してか、先週末に主催された昨年に続くニューヨーカーコンフェレンスでは、マルコムをまたまた基調講演者の一人にしている。2日間の日程の参加費は、レセプション、食事も含まれて2000ドル。でも、ホテルの割引はありませんのであしからず、なんて注意書きがあった。彼の講演を聞くことのできる人達は限られている(会社が支払ってくれるとかね)。世界中に広がる彼のファンは、実際の講演にはのぞめない。せめて、以前のように4半期に一度のペースで書いてほしいものだ。彼の書くものは、彼のインスピレーションとリサーチで少なくとも3,4ヶ月はかかると見積もっている。

そんな旨を、マルコム宛にEメールした。

マルコムを地元新聞に紹介した記者(私は彼の記事でマルコムを知った)が、今年は精力的にユニークな方面での記事を書いていて、カナダ新聞のある報道カテゴリーに昨年に引き続きノミネートされた。連続ノミネートおめでとうと、1年ぶりくらいにEメールしたら、ありがとうと返事がきた。マルコムもこんな感じで返事をくれたらどれほど私を舞い上がらせてくれることか。。。

Monday, March 10, 2008

旧隣人との夕食:宗教と医学

3月10日、晴れ、朝マイナス22度、日中プラス2度。夜はマイナス6度。

8日の土曜日はまたまた大雪。積雪20cmという大吹雪の日に、以前の隣人、お向かえに住むご夫婦を夕食に招待した。それはそれは、色々な話題が上り、話がつきなかったのだけど、とても印象に残った会話がある。

おじさんは外科医で2年前に退職した。ご夫婦ともメノナイト派の熱心なクリスチャンである。食事の席で、政治と宗教の話はするなというけれど、という前置きで始まった。おじさんは医学部に進む前に神学を専攻したという。医学部に進んだのは、方向転換ではなく、まず神学を学びそれから医学部に進むと心に決めていたらしい。そこで、質問。医学部に進んで、宗教との葛藤や矛盾はなかったのかと聞いた。すると、逆に神の存在が益々確固としたものになったという答え。科学的実証は、神のまいた種を、人間が一つ一つ見つけているだけで、それは人類の永遠に続く作業だと言われた。

以前、パキスタン人の同僚が、神を信じないなんて、これほど不幸なことはない。今からでも遅くないよ、、などとずいぶんと心配してくれたことがある。その後、なんとなく説教じみた話が続いて、ウンザリしたものだ。でも、彼も勉強すれば勉強するほど神の存在を信ぜずにはいられないよ、と言っていた。

なるほど、その時は、ふ~ん程度の説得力しか感じなかったのだけど、おじさんのわずかの言葉には今までにない強烈な説得力を感じたなぁ。同時に、ちと俗っぽくなるけれど、2001年宇宙の度の最初のシーンが脳裏をかすめ(かなり俗っぽいか。。。)、更に遥かかなたの遠い遠い時間を感じることができた。

Sunday, March 02, 2008

「崩れ」、幸田文、を読む

穏やかなな日曜日。今晩からみぞれ。

日本ではどんな本が人気なのかなぁという興味から、インターネットで検索し、ウェブ本の雑誌というサイトに出会ったのが約1年くらい前だろうか。その中に作家の読書道というセクションがあり、人気作家の読書暦を披露する。ここで紹介されるのは比較的新進気鋭の作家で、彼らの作品は殆ど読んだ事がない。でも、彼らの読書暦から触発されて読んでみた本が多々ある。外国文学もその一つで、ポールオースターなど読み始めたのも、ここで紹介されていたからだと思う。

「崩れ」は、旅行ノンフィクション作家という看板の宮田珠巳という作家の紹介。作家は幸田露伴の娘で、崩れという現象に着目し、それを言葉で表現する。72歳の作家は時には、おんぶされながら日本の山の崩れを訪ねる。これを読むと、数年前の新潟での地震や土砂崩れを思い出さずにはいられなかった。崩れとは、地質的に弱いところということ。美しい日本列島はまさしくそうした弱い地盤で形成されている。

とても美しく柔らかい日本語で荒々しい自然現象が言葉にされている。

Sunday, February 24, 2008

リバーサイドギャラリー

プラス2度。青空。最高の日曜日。火曜日はまた15cmの積雪の予報。

久しぶりに地元大学の建築学部の建物内にあるリバーサイドギャラリーを覗いた。今回の展示は、建築、芸術、創造における図書館というテーマで、公共図書館の起源に若干触れ、幾つかの図書館を紹介している。 最初にノルウェーの建築事務所が競争入札で勝ち取ったという2002年に完成したエジプトのアレクサンドリアにある図書館。海抜レベルの階では、地中海を目の当たりにしながら古代歴史を思いつつ本に囲まれる事が出来る。突然ながら、猛烈に行ってみたいという衝動に駆られているところ!!http://www.greatbuildings.com/buildings/Bibliotheca_Alexandrina.html

その他、プライベートの図書館の一つとして、神奈川県にある、詩の図書館も紹介されていた。

田舎にあるギャラリーながら、展示内容はレベルが高い。小さいスペースなので、テーマを絞り、展示物を選りすぐるのはとても難しい事のように思える。2005年に展示した「北緯41度から61度におけるカナダ現代建築様式」が、世界的に権威のあるヴェニスのヴィエンナーレ展示会に今年のカナダ代表として出展されるらしい。

Thursday, February 21, 2008

早期退職者達の夢

マイナス13度。

今年になって数人早期退職する人がでてきた。我が社の早期退職第一号のロンが去ってもう3年たつだろうか。半年間ハワイで過ごし、その後はまた仕事に復帰。顧問のような立場で相変わらず稼いでいるとのこと。

つい1ヶ月前に退職したウェインは、教会関係やボランティア活動に精力的で、新移民への英語講座で教えたり、中古の車を直したりしている。今後は3ヶ月毎くらいのペースで海外での救援活動に携わるとのこと。未だ数年前のミシシッピやルイジアナでのハリケーンの傷跡は大きく、住宅建設等々のボランティア参加の機会は沢山ある。

昨日20年勤務のあと退職したゲイリーは私の上司。つい先週同僚がカードにサインしているので、誰の赤ちゃん、それとも誰の結婚??なんてきいていたら、ゲイリーが来週退職するんだよといわれびっくり。うわさはずっとあったものの、明確な時期は聞いていなかったから。なんでもそっといなくなる事をのぞんだらしい。泣けるから、、かな。どうにか皆からのプレゼントを受け取り、最後の挨拶は涙を目にためながらのものだった。用意していたお別れケーキもゲイリーが去ってから届くということになってしまった。なんでもとりあえずは弟さんの結婚式の準備に精力的に手伝い、夏は孫たちと時間を過ごすとのこと。

となりにいるもう一人のゲイリーは今年58才で60で退職するとのこと。既に、退職後の湖に面した家を購入しており、今は週末にだけ家に帰り、普段はアパートから通勤している。彼も、退職後は、ご近所の運転手等のボランティア活動に従事するといっている。やることはいっぱいあるよって。

3月末に退職予定のピーターは今年いっぱいは、すでに奥さんがびっしりとクルーズ等の旅行日程を取り入れているとのこと。

早期退職者の年齢は55から60歳の間。その他の例をみても、半年後くらいに中小規模の会社に復帰している人が多い。私も55歳で退職して、海外のボランティア活動に参加したいと思っているけれど、、ロバートレッドフォードのサンダンスインスティチュートで、映画作りのボランティアをしたいなぁとも。。。サンダンスフィルムフェスティバルでは毎年ボランティアを募集する。去年応募したけど何の連絡もなかったのよねぇ~。

Wednesday, February 20, 2008

ピアノの調律

2月20日。ガソリン代リットル当たり1ドル9セント。18日の月曜日は州知事の公約どおり、初めての家族の日という祝日

月曜日の祝日にもかかわらず朝の9時にピアノ調律師のポールがやってきてくれた。昔は地元交響楽団でチェロを弾いていたという人で、今はもっぱら調律師。地元の音楽堂のピアノの調律もまかされているとのこと。今回は、2年ぶりの調律、そして引っ越したにも拘らず、ちゃんと覚えていてくれ、あれ犬はどうしたのなんて聞いてくれた。 ポールは、ケーキの折り詰めを横にしたような小型の黒い革のかばん一つで登場する。中身は、やすりや色々な種類のペンチ(私のピアノでそれらを使う事はみたことがない)、チカチカ点灯する音合わせの機械などで、あとは彼の耳のみ。あれだけの設備投資(?)で収入につなげるなんてスゴイなぁと思う。これは、物を書く人にもいえること(マルコムとかね)。そして大切なことは、この仕事が好きという事につきると思う。あぁ、自分にも設備投資のいらない才能があったら自立できるのになぁなんて思う。才能と投資費用のない分、勤め先で場所をおかりして、お仕事させてもらってますって感じ。音楽会では顔合わせしたことはないものの、話をすると彼もその場にいたという。今回メットのオペラの事を話したら、そうした情報は知らなかったようで3月のオペラを楽しみにして帰っていった。

調律中のピアノのメロディは、ちょっと定かじゃないけれど、確か昔のフランス映画ジャンポールベルモント主演の映画「きちがいピエロ」で、ちょっとアタマのねじの狂ったおじさんが埠頭で歌うメロディに似ている。

Sunday, February 17, 2008

メットオペラ:マノンレスコー、アニメ映画ペルセポリス

青空の広がる最高の土曜日。明日は雨とか。

またまた待ちに待ったメトロポリタンオペラ。ここ労働者の街でのライブ映画館上映も、ぼちぼちと観客の数は増えてきた。40人くらいにはなったかな。ホント近いと便利。がらんとしているから席の確保も容易だし。

毎回メットのオペラをみて感心するのは舞台装置。最初にNYCでメットのオペラを見たとき(17年くらい前かな)、舞台の奥行きの深さにビックリしたのを覚えている。今回のマノンレスコーは毎回舞台装置が大幅に変わるため、各幕ごとに15分以上の休憩があった。3幕の背後には既に4幕の舞台が準備されており、ステージ自体が動くという感じだった。また、主役が世界各国からの選りすぐりであることは、以前に書いたけれど、その他の歌い手達が、アジア人黒人を含む様々の人種が混ざっているのもまさにニューヨークならではという気がする。 ちなみに、今回は休憩の間に舞台動物達も紹介された。


メットの後、日本でも話題になっているペルセポリスのアニメを見に行った。昨日のレビューによると、アニメといってもディズニーのアニメを想像してもらっちゃー困りますなんてことが書かれていた。お母さん役の声はカトリーヌドヌーブ。やはりフランス語は心地良い響きね。でも95分に集約されているため、話のテンポが速い。イラン革命やイランの歴史に事前に触れていると、話についていきやすいかも(本を読んでから見るといいと思う)。映画は、そうしたイランの現代史を背景に、主人公マンジェーンの少女時代から20代までの人生を描く。これは、背景こそ異なるものの、世界共通の若者の感性以外のナニモノでもないと思う。この本は3年前に購入し、友人にも読んで~と押し付けたり、プレゼントしたりもした。私は、100回近くは読んでいるな。外国で暮らす孤独という感覚が共有でき、時に胸にぐっとくる本なのである。白黒漫画、アニメも同様に白黒のところが、センスの光るところ。。

Friday, February 15, 2008

灯りのともらぬコンドミニアム

風がなく、ピリッとする空気が気持ちよい。雪もとけず、これが本来のカナダの冬だそうな。

朝まだ暗いうちに出勤、そして、夜暗くなってから車で帰宅。コンドミニアムを外から眺めると、わずかながらの部屋の灯りしか見えない(本当に少し)。ビル管理会社の案内書に長期不在にする場合の注意事項というものがあったように、部屋の灯りのともらないのは、どうも冬の間は気候のおだやかなフロリダで過ごすという渡り鳥退職老人達のせいのよう。

不動産屋のメアリーによるとここに住む3分の2は退職老人、3分の1は私のような仕事をもつひとりものじゃないかということ。退職老人3分の2のうちの7割近くは渡り鳥となっているように思える。

Wednesday, February 13, 2008

アホらしいほど忙しい

昨日積雪15cm、今日は晴れ、そしてまた数日雪らしい。

去年の秋からプロジェクトに参加していて、めちゃくちゃな忙しさ。管理職がなってないと、ホント部下は苦労させられるって感じ。明日の内部のミーティングで文句いってやろっと。 とうことで、最近は数人の日本人の方と電話で話をする事がある。こちらが恐縮してしまうくらいとても丁寧で、多分、私は気づかぬうちにアタマをさげながら話しているのではないかと思う。ホンシャ、ホンシャって聞こえるから本社っていっているのかなぁ~なんて思っていたら弊社御社のオンシャだったということに気づくありさま。でも、、あまりに丁寧でかつ枕詞みたいなものも多くて、話が長くなりがち、、ということに気がついた。恐れ入りますが、とか申し訳ありませんが、なんて、英語にはないから、そうした言葉がえらく長ったらしく無意味に思えるありさま。要点だけ簡潔にいいましょー!なんてことは言わないけれど、なんとなく話がたるくなる感じのするのは、ずれた日本人になってしまったからなのだろう。。と思う。

Monday, February 11, 2008

サテライトモーテル


体感温度マイナス29度の寒さ。明日はまた雪の予報。コンドに引っ越してホントよかったと感じる今日この頃。

さて、コンドの窓から見えるサテライトモーテルの写真ができたので添付します。土曜日に引越し記念といって大きな鏡をもってきてくれた不動産屋のメアリーによると、このサテライトモーテル、歴史があるらしい。一昔ふた昔前、目の前のヘスペラーという主要幹線道路が一車線の時代からあったとのこと。今やこのヘスペラー道路は中央分離帯をはさんで片側3車線。この5年の間に、中サイズのホテルが連立し始めたけれど、その昔は、このサテライトモーテルくらいしかなく、セールスをしていたメアリーのお父さんは、よく出張者をここに泊めていたとのこと。

やはり一度案内書をもらいに行かなくちゃ。

Friday, February 01, 2008

コンドミニアムの老人達

2月1日、大雪

引っ越してきたコンドミニアムの入居者の平均年齢は75歳くらいではないかと見積もっている。引っ越してすぐに、管理会社から渡された案内書一式の中に、このコンドミニアムの入居者名簿があったのにはびっくり。まさしく老人ホーム。昼間には、タイチクラス、お茶会、ブリッジ、夕方にはビリヤードなどの憩いの時間が設けられている。バレンタインデーには、得意のお料理をもちよるという企画が掲示板に張られている。コーヒー、紅茶は管理会社のマネージャーのテレサが用意するらしい。

私の部屋の前の住人はフィリスというおばあさんでなんと90歳までここで一人で住んでいたらしい。ようやく娘達の説得で本当の老人ホームに引っ越したそうな。先日、リサイクルのゴミを地下のゴミ仕分け場のところに捨てに行くと、80歳くらいと思われるおばあさんが、管理人さんのお手伝いをしているのといって、空き缶をつぶしていた。なんでもどこかに寄付するらしい。ちなみに空き缶は5セントで払い戻ししてくれる。昨日は、やはり70歳は越えていると思われる電動車椅子のご婦人とエレベーターで一緒になった。夜9時過ぎで今晩は遅いのね、と聞くと、コンピュータークラスに行って来たの、とのこと。

エレベーターで会う老人達との会話はハイ!という挨拶だけでは終わらず、更に会話が続く。そして、それがとてもうれしく、優しい老人達との会話に心和むのである。

Monday, January 28, 2008

70年代の歌謡曲CD

最高気温マイナス4度。今晩は霙雪で、明日は最高気温が4度とか

2ヶ月に1度ほど、日本人の単身者を囲んで仲間内で鍋会なるものを開催している。前回鍋会会場を提供してくれた方の部屋に70年代の歌謡曲フォークソングを集めたCDが10枚ほどあり、そのCDを流しながらキムチ鍋をした。今日そのコピーしてくれたCDを渡してくれた。あまり思い出深いような曲だと、色々と昔の事が思い出されてかなり調子が狂う(柄になくセンチメンタルになるのである)。ということで、ちょっと不安ながら今日夕食時に流してみた。

なんと、全然調子が狂わない!はたまた今日頂いたちくわなんかほおばっていたら、まさしく飲み屋にいる気分になった。色々な曲が入っているCDはまさに有線放送という感じなのである。

なるほど、日本にいるときに歌謡曲やフォークソングはテレビで聞くぐらいでレコードなど買う事もなかった。

ということで、私の調子を狂わせる日本のナツメロはゆーみんの曲のみなのだということを再認識したのである。

Wednesday, January 23, 2008

メトロポリタンオペラ;ヴェルディのマクべス

1月23日。昨日は予報以上の積雪で衝突事故が各地で相次いだ。ガソリンはリットル当たり1ドルを久しぶりに下回る

1月12日の土曜日はメトロポリタンオペラの日だった。やはり圧倒された。歌い手も世界各国からのよりすぐりの歌い手で、さすがメトロポリタンオペラ!。ロミオとジュリエットはフランスオペラでフランス人のテナーとロシア人ソプラノ。2回目のヘンデルとグレーテルはエンゲルベルトフンパーディングのもので、英語オペラ。主役は英国人だったと思う。北米人ではない英語だった。今回のマクべスはイタリア人。舞台裏でのインタビューでは、みなそれぞれのお国訛りの英語で話し、結構シドロモドロだったりもする。

昔は、歌を歌いながら感情を表現しお芝居するなんて理解し難いと思っていたけれど、のめり込んでしまうものですねぇ。テクノロジーに頼るのではなく、本来の人間の備えている能力を最大限に舞台で生で発揮する、ということに感動するのかもしれない。ジュリアロバーツとリチャードギア主演の映画プリティウーマンで、ジュリア扮するヴィヴィアンが初めてオペラを見に行く場面がある。ヴィヴィアンがイタリア語なんて知らないのにどうやってオペラなんて理解するのよ、とリチャード扮するエドワードにつっかかる。その時、エドワードが、オペラって、とてもパワフルで言葉に関係なく人に感動を与えるものなんだ、と答える。正しくそのとおり!!

舞台裏もみせるこのライブは、自分もそうした裏方の一人となってこの大型企画に参画してみたいなんて気にもさせる。考えてみれば、自分が今拘っている仕事は、まぁ大型プロジェクトで、その裏方となって日々励んでいるわけだけど、残念ながら感動することはほとんどない状況である。。

Sunday, January 20, 2008

フレッドの誕生日とポーリシュの女性たち

1月19日、体感温度マイナス16度。久しぶりに青空

先週のポーランド人のロバートの誕生日に引き続き、今週はプレイボーイのフレッドの63歳の誕生会。いつもの連中プラスで合計18人。フレッドの奥さんエラは今月末までポーランドに帰国中で、みなのもちより。山のようなご馳走だった。。。

大方は夫婦なのだが。。中に、ガールフレンドをつれてきた男性がいて、その女性、ソフィアローレンを思わせる顔つきだった。鼻筋がシャープで横顔の美しさが際立つ。いつもの仲間の一人、ヘニャはイタリア人のボーイフレンドのパットと。インターネットで知り合ったという二人。もうアツアツで誰もそばに近寄れない。お互いに退職して一人でいる寂しさを感じたらしい。

毎回ポーランド人の女性に会うと関心することが一つある。それは彼女達の巨大な胸。若い女性も、年配の女性も、皆胸がデカイ!!この誕生会で、フレッドの孫6ヶ月のアダムにずっとおしゃべりし続けていた小柄な女性がいた(彼女の作ってきたガラレツケは絶品)。その彼女の胸の大きさたるや、なんというか、メロンが3個並んでいる感じ。。。正面から見ても、横から見てもまんまるだった。

Tuesday, January 15, 2008

11階からの眺め

1月15日、曇り、時折雪。夜はマイナス6度とか。

コンドミニアムに引っ越して11階からの眺めは、まわりに2階建以上の建物が全くないので、だだっ広い風景が広がる。ここ10年くらいに出来たと思われる新興住宅地は家と家の間のスペースがせまく街路樹がまだ育っていない。一方40年は過ぎていると思われる住宅地は家の前と後ろ、そしてお隣との敷地スペースが広い。

しかし、なによりもすごいのは、部屋からほぼ正面に見下ろす”サテライトモーテル”。このモーテルのhpがあったら是非そのリンクをここに載せたいのだけど、hpはないらしい。なにがすごいのかというと、なんともシュールなロケットがコの字型のモーテルの正面にあるのだ。サテライトモーテルと名づけたからには、ロケットで客引きだ!と思いついたのだと思うけれど。。。上から見下ろすと若干小さく見えるロケットは、オズの魔法使いのブリキのきこりを思い起こさせる。

Friday, January 11, 2008

住宅売買全て完了

1月11日。連日のプラス気温で殆どの雪が溶けてしまいました。最後の雪かきは元旦の大雪の日、となったわけだなぁ。。。

無事全ての手続きが完了。とうとう、以前の家が法的に引き渡されました(もう私の家ではなくなった)。新居のほうは、まだダンボール箱が片付かない状態だけど、どうにか落ち着き、ぼちぼち家具をそろえ、片付けていくつもりです。

この間、結構色々な事を思ったり、色々な人に出会ったりもしました。また、追って書きくつもりです。明日はメトロポリタンオペラ!マクべス!元旦のヘンデルとグレーテルはとてもよかったのよね。う~ん、明日も楽しみ!!

Thursday, December 27, 2007

引越し荷造り開始

12月27日、午前中しんしんと降った湿った雪が午後にはとけた

新居のペンキ塗りから一転して荷造りへ。明日一日あるのでどうにかなりそうな感じがしている。ここのところ自分に言い聞かせてきた言葉は、出来る事を一つづつかたづけていく、ってことかな。ま、焦っても仕方ないってこと。ハイ、これは仕事上でも言えてます。

荷造りにあたり、かなり古い服や小物を整理し、袋にまとめて、救世軍のお店に寄付にだした。救世軍の店にはなんでもある。寄付だけでお店の商品が揃うのだから、どれだけ一般人が物を廃棄しているかと思うとビックリする。やはり、自分としては、生活を拡大せず物を大事にするゾと再び心に誓ったところ。シンプルライフというのは簡単だけど、実践するのはそう簡単なことではないのである。

クリスマス後のゴミ回収日にはそれはそれは普段の3倍から4倍のゴミが家の前に並ぶ。ゴミ回収車はいつもより5時間ほど送れて登場、今、夜の6時半、リサイクル回収車はまだ現れていない。

Wednesday, December 26, 2007

例年並のクリスマス。。やはり予期せぬプレゼントが。。。

12月25日くもり。

あれほど、欲しいDVDとCDをリストアップし、その中の一つだけでもいいからね、と念を押したつもりだったのに、、、予期せぬプレゼントがやはりあった。なんせ、プレゼントを一人一人に渡し、皆の手にプレゼントが渡ったところで一斉に開ける。これの繰り返しで終了まで総合時間約1時間半強。このやり方だと、やはりみな同じ数だけのプレゼントがあることが望ましいということになるのである。

私の欲しいDVDとCDは結構マイナーでトロントのど真ん中のお店でも手に入らず、インターネット販売に頼るしかないことはわかっていたので、どうなるだろうか、、、と思っていたら、やはり他のもので対応されていた。例えば、グレングールドのモスクワライブCDはCBCスタジオ録音の6枚CDとなってプレゼントされた。ま、これはこれでよし。。

他のプレゼントの山と比べると、CDやDVDだけだと、やはりお粗末な形とサイズとなる。ということでか、大型のプレゼントが用意されていた。コーヒー好きの私のために、皆からエスプレッソマシーンを渡された!イタリア製でかなり高そうなヤツ。かなり美味しく出来るのでウレシイのだけど、紙のフィルターでチンタラと熱湯を回しながら作るコーヒーでかなり満足しているのが実情なんだが。。。以下に気なる項目を羅列。
1.良い点
美味しいエスプレッソが簡単に作ることができる
2.気なるところ
2-1: 台所のカウンターに何も置きたくない主義なのだが、、、これ小型テレビくらいのスペースを要する。
2-2: なんでも、年に一度専門店に補修点検に出すのが望ましいらしい。約40ドルなり。この田舎にその専門店なるものがあるだろうか。修理に持っていく時間と手間が面倒。

私の言い分に従うようかなり努力したんだけど、買わずにいられなかったのよ~とのこと、来年も引き続き、CDとDVD以外の形の残るもの買っちゃダメよっって、明確に言わなくちゃ。

Monday, December 17, 2007

家が売れた

12月17日、積雪5cm。

家が売れた。
ようやく”SOLD”のサインが、家の前に掲げられている売出しの看板にはられた。買い手のオファーを受けてサインしてから約2週間強。今日、無事家の最終点検が終わり売却となりました。疲れた。。。結局、オープンハウスもせずに売り出してから2ヶ月弱で決定。受け渡し日は1月11日。これで、本当にショールームから抜け出す事ができる。。。今日、早速不動産屋のメアリーはステージングに使った小道具を片付けていった。

でも、これからが本番。コンドミニアムの受け渡し日は実は明日で、これから引越し準備と片付けの始まり。物を運び込む前に壁の塗り替えとカーペットをはがして床を張る予定。うまくいけば28日か29日、もしくは31日午前中に引っ越したいところだけど、どうかな。コンドに移るのは運ぶものが限られているので目途がたつのだけど、この家を空っぽにするというのが果てしもない作業のように思える今日このごろ。いったいどれだけゴミを排出するのかと思うとぞっとする。

もう、物はふやさないと誓う!!

Sunday, December 16, 2007

メットオペラHDシーズン開始

12月16日、大雪、積雪25cm。雪かき2時間。斜め向かいのおじさんが除雪機で手伝ってくれた。これがなければさらに小1時間かかっていたかな。

普段のご近所との接触や会話はかなり限られているのだけど、大雪の中の雪かきとなると、ご近所皆がでてきて不思議と会話が生まれ、助け合いの精神も垣間見られる。なんとなく皮肉だ。

昨日は、今シーズン最初のメトロポリタンオペラのHD鑑賞。ロミオとジュリエット。ストーリーが単調というか知り尽くされた悲恋物語だったせいか、まぁまぁ、だったかなというのが印象。前回のシーズンは毎回フルエルほど感動したので、待ちに待ったシーズン開始ということで期待が高すぎたかも。今回はフレンチオペラで、やはりオペラはイタリア語だな、と思った次第。でも実はワーグナーのオペラも好きなんす。

去年の大成功を得て、今シーズンは地元の映画館でも上映。去年は車で20分強、雪の日などちょっと行くのをためらう事もあったけれど、今回は車でわずか5分。ここは、どちらかというと労働者の街なので、どれほど観客が集まるかなぁと思ったけれど、クリスマスシーズンということもあり、やはりガラガラ。去年足を運んでいた映画館はインテリの住む街で、中盤から劇場内の2つのスクリーン上映。それでも両方満席という状態。若い劇場マネージャーが、今後の上映を続けるためにも是非友人知人を誘ってきてくださいと、訴えていたのがなんとなく痛々しく、地元での上映継続を不安にさせられたところ。確かに土曜の午後、4時間から5時間オペラを観に来るほどの暇人はよっぽどであり、かなり限られているのである。

次の上映は元旦のヘンゼルとグレーテル。労働者の街の住人は明日からまた仕事だといって、オペラを観に行くだろうか?

Monday, December 03, 2007

引き続き簡素生活の進めと実践

12月3日、夜中に雪上車がきて、ドライブウェイから路上に出るところに雪のブロック。出勤前に15分雪のけ。重くて、シャベルで拾い上げる。イテテ。。

昨日の本に触発されて、今年実践したことは、以下のとおり:

1.タイムマガジンとエコノミストの購読を中止
タイムは長年購読していて、雑学知識を入れ込むのに最適だった。特に芸能欄とか、アート情報とか。エコノミストは噂どおりかなりかたい。。世界の経済情勢を把握するのに結構な雑誌との評判の雑誌。でも、私レベルでは、タイムを5割読み込むとすると、エコノミストは2割か3割しか読み込んでいなかったと思う。おもしろい記事はかなりあるのだけど。

2.地元日刊新聞の購読の中止。
あまりにもローカルで、地元新聞を読むとこの地が世界の中心という錯覚を覚えるのに恐怖を感じた。。紙面を多くしたために、写真が馬鹿でかい(なんとなくイヤ)。何度も苦情をいったのに配達人が変わるたびに、玄関先からドライブウェイに新聞を放り投げられ取りに行くのが大変。今の会社で新聞を読む人口はかなり低いと見積もっている。そう新聞を読まなくても生きていけるのである。

3.テレビの接続を絶つ
ほとんどテレビを見ない状態だったし、別に悲しい世界情勢を知らなくても人間生きていけるから。他に面白いという番組もさほどなし(契約チャンネルの数も最低だった)、日本と違って長ったらしいコマーシャルや長ったらしいニュース解説にも辟易していた。ニュースの情報元は、インターネットとラジオのニュース。

4.その結果;プラスマイナス
小説を読む時間ができたというのがプラス。実際、毎日ローカルだなぁと思いながらも新聞を読んで、雑誌に目を通していると、現在の英語を読む速度では、小説など読む時間がなくなっていた。でも、プラスあればマイナスあり。地元のスター(?)マルコムのローカル版ニュースから遠ざかった。例えば、地元の大学で名誉博士号をもらうなど大型写真つき。でも、とりあえず、会社の同僚が、私が購読を止めたのを知って、高く売ろうかしら、、などといって渡してくれる。

5.今後の方向
実は新聞の購読を再開しようと思っている。平日は地元新聞、土曜日は全国紙(これは、土曜日コーヒーを飲みに行くところで目をとおしている)。というのは、なんとなく社会から疎遠になっているという不安に最近かられているからである。そして、やはり新聞に目をとおすことが好きだ。日本の家族親戚はみな新聞が好きだった。地元紙の社説欄はニューヨークタイムズやワシントンポストなどのものを掲載していて、レベルの違う視野にたったものを読むことが一応出来る。そして、木曜日はニューヨークタイムズからの流行情報。これは最近の社会傾向をとらえていて時にあほらしくもかなり新鮮。
そして、ローカルニュースは3面記事みたいなもので、悲しくもおもしろいのである。

Sunday, December 02, 2007

"Not Buying it, My year Withoug Shopping", Judith Levine

12月2日、昨晩からみぞれ交じりの積雪15cm。朝一時間ほど雪かき。

実は去年数回読んだ本。再びクリスマスシーズンを迎えるにあたってまた借りてきた。NYCとベルモントを基点にしているジャーナリストがパートナーのポールとともに自分達の消費習慣にチャレンジし、この1年嗜好品は買わずに日用必要品だけの買い物に徹底すると宣言。そして、その苦悩(?)と葛藤、そして市民社会への目覚めを日記形式で記す。

まず、買い物に行くと、これは本当に必要だろうか?と自分に問い掛けることを心がける。これは好きな映画、CD、雑誌の購読、洋服、そして食料品等々に及ぶ。数ヶ月するとれがかなり苦痛になるようだ。欲しい、、、でも、、という葛藤と同時にアホラシイ自問にうんざりするらしい(これは3ドルと2ドルの同量の缶詰に出くわしたときにも及ぶ)。

結果、毎回のスーパーマーケットでの消費金額が大幅に減り驚く。買い物をするという時間が大幅に削減されて、その時間がボランティア活動等他に利用された。更に、身近にありながら利用する事のなかった図書館等の公共施設等への利用によって、自分達の一市民としての意識が高まり、持つものと持たないものによって差の生まれる個人所有偏向社会(確かに所有する事はウレシイ)からイコール共生社会の存在に気がついた。中でも美しくも苦肉のエピソードは彼女のバレンタインデーのポールへのプレゼント。赤い紙を利用して沢山の赤いハートを切ってあふれんばかりにマッチの空箱に詰め込んだ。なかなかオリジナリィ溢れるステキなものだと思うのだけど、日本の感覚だと子供のパパへのプレゼントだろうか。。。

さて、例年クリスマスはいとこ一家と過ごすのだが、そのプレゼントの多さに驚く。そして、ブランド志向の母親同様テーィンエージャー達はプラダ、コーチとかブランド品をわんさとプレゼントされ、さらにポータブルDVDプレーヤーだ、コンピューターだ、テレビだときりがない。クリスマスツリーの下には総額数千ドルの品が収まりきらずにリビングの床にも裾野を広げている。それはそれで楽しい思い出でよいのだが、毎年プレゼントする側は何をプレゼントしようかとかなり悩む。。現に今、悩んでいる。これは、逆にも言えて、彼らが私へのプレゼントにも悩んでいるのがはっきりとわかる。結果、去年とおととしと続けて、沢山のプレゼントのほかにもおしゃれなブティックのショッピングカード(商品券みたいなもの)をもらった。ジュディスとポールのごとく物を増やさないというダウンサイズ傾向にある私は、なんとその2枚のカードを未だ使っていない。一つのお店はもう閉めたそうな。。えええ、、とショックが大きかったが、この親会社のブティックの方でまだ使えるとのことで安堵。でも早く使わないと、そのオシャレなお店で売っている服など着ることのできる年齢ではなくなってしまうかもしれない。。このカードを使って今年のクリスマスギフトを。。などとも脳裏をよぎるが、なんとなく情けないというか非常なる矛盾を感じる。

ということで、今年は自分から欲しいCD、DVD、本を希望するからと伝えた。そして、但し書きに、そのリストに並ぶ10くらいのものが全部欲しいのではなく、その中の一つでもいいこと、そして、他には何もいらないからね!という念押しが必要に思う。皆買い物という社会行動が好きなのである。

Sunday, November 25, 2007

住宅売出し中

晴れ曇り、プラスの気温

家をセールに出して約2週間。5,6組くらい不動産が予約を入れて連れて来ているだろうか。来週はオープンハウスを予定していて誰にでも一般公開する。最近は家を売りに出すと、単に整理整頓をするだけではなく、ステージングということを勧められる。つまり、家を探している人がもし自分が住むとしたら。。。とうまくイメージできるように家の中を日常生活目的からショールーム目的にイメージチェンジするものである。単に余分なものをしまいこむだけでなく、色をそろえた布団カバーに変えたり、カーテンにこったりする。格好の道具はイロイロサイズの絵や鏡。といういうことで、この週末、不動産やのメアリーと約3時間、くぎをうって絵をかけたり、カーテンをタラ~とかけたり。ちょっと絵がかかりすぎじゃないかな、とも思うのだけど、ま、いいか。ベッドルームはちょっとしたギリシャオリンピア風というかクレオパトラ風というか、枕がいっぱいベッドの上にある。書斎の本も片付けたほうがいいということで(広く見せるため)、ダンボールに詰め込み、この12年ほど使っていた手作りの本棚を分解した。ポーランド人のジョゼフおじさんがベニヤをもってきて作ってくれたものである。引越しのたびにジョゼフ糊とよんでいた強力接着剤でくっつけていたがもう寿命。

家セールということで、今までのように簡単に家を出る事が出来なくなっている。出かける前には、ベッドメイキング、洗面台の上においてあるものを全て中にしまいこみ、台所も布巾やスポンジは目のつかないところに、そしてオシャレなタオルをかける。食器を流し台に置きっぱなしにしていくなどもってのほか。

メアリーは地下のペンキ塗りとカーペットを敷き詰めることも勧めているけれど。。とにかく来週のオープンハウスには間に合わない。この週末は2組が見学に来て、この週末に手ごたえがあるのでは、、、なんて予感がしたけれど、今日曜日の夜7時半。今のところ連絡なし。

予算に見合ったこれだ!と思う家に出会うのは運命的な出会いと似ている。タイミングも大切だということもよくわかっているので焦るわけでもないのだけど、、早くショールームから抜け出したい。。

Wednesday, November 07, 2007

マルコムグラッドウェル、ニューヨーカーに執筆再開!

昨日初雪。今日から手袋マフラーで出勤

マルコムの3作目の本の目途がついたとのことで、マルコムが、ニューヨーカーにまた書き始めた。彼のブログも5日から再始動。早速35人が、やっともどってきた!とか、もうブログはやめたのかと思ったとか、最新作を楽しみにしている、とかいうコメントを載せていた。そして、ワタクシメも36人目にコメントした。やはり、彼の書いたものを読むと、親近感がわく感じ。彼の書いたものを通してしか、意思疎通(といえるだろうか?)が図れないのだから。この1年はホントつまらなかったというのが本音である。

今日、パキスタン人の同僚に、お国に家族は残っているの?心配ねぇ、と言ったら、母親とお姉さんが来週パキスタンに帰国するとのこと。なんでも、こうした非常事態の真っ只中のほうが、反政府派じゃない限り、よっぽど安全なのだそうだ。不思議でしょ、と言われたけれど、なんとなくわからないでもなく納得。メディアに翻弄されるべからず、というのが今日の教訓かな?

Saturday, October 20, 2007

こことのところの夕食

曇り、晴れ、強風時速35km、気温20度、明日は24度

10月17日  すき焼き
10月18日  同僚達とビールにナッチョにチキンウィング
10月19日  ステーキ
10月20日  寿司(ネタを買ってきて作る)

毎日スゴイメニュー。今日は寿司ネタを日本食料品店で買ってきて寿司をにぎる、美味い!!中国系スーパーマーケットでの寿司は、まぁ、家庭で食べるのならこの値段と味で十分かもしれないな、、な~んていっていたのに。あのシャリはなっていない!って。今日のシャリは、1.お米を洗ってから30分水をきってザルにおく、2.昆布を入れ、水を入れて30分ねかす、3.昆布を取り除いてたく。そうすると、やはりお米一粒一粒がしっかりたって、おいしいシャリとなりました。日本人の本心を読むのって複雑。

Tuesday, October 16, 2007

10月15日、16日の夕食

曇りがち。

10月15日  マツタケごはん!!マツタケおすいもの。うま煮(マツタケは毎年5本ほど手に入る!)
10月16日  マツタケごはん、お豆腐のお吸い物、うま煮、やきなす、キャベツと大根しその葉のおつけもの

マツタケご飯はうまい!キャベツと大根のお漬物は明日の方が味がしみる、一人で入る時間が長いとストレスがなかなか発散できない、等々。日本にいるといちおうストレスがたまるそうだ。

Sunday, October 14, 2007

マルコム、ウォータールー大学フォーラムに登場

今日から3日間ウォータールー大学で2017年におけるビジネス環境といったテーマでシンポジウムが開かれている。明日の2日目は9月に名誉博士号を受け取ったマルコムがトロント大学ビジネススクール学長とRIMの取締役を相手に2度にわけて午前と午後にインタビューする。初日と最終日の参加費が300ドルそこそこなのに、明日2日目は1500ドル!いくらマルコム見たさでも、高すぎて行けない。。先週はニューヨーカーフェスティバルでアイビーリーグの可否についての討論会。以前書いたように3作目の本を執筆中とのことで今年はニューヨーカーには全く書いていない。でも、講演とかインタビューとかには顔をだしているよう。今晩はきっとElmiraの自宅にいることだろうけれど、今回はハローなんて訪ねて行く勇気はなし。前回は名誉博士号ということでお祝いという名目があったけれど、今回は何も理由がないものねぇ。

ニューヨーカーフェスティバルのヴィデオがインターネットにアップロードされ始めた。サルマンラシュディとオーハンパムクの対話をみると、サルマンラシュディの話の魅力にとりつかれる(結構他愛もないことを言ったり、読者をからかう態度を見せるところがおもしろい)。もっと堅物で偏屈な作家かと思ったけれど、トルコ人ということで英語に少しハンディキャップのあるオーハンのほうが偏屈という印象を受ける。ということで、サルマンのミッドナイトチルドレンを読み始めることにした。

まもなく、この間読み終えたミドルセックスの作者や映画awaking のモデルとなったオリバーサックスのヴィデオが流されるはず。マルコムの討論会での健闘を見るのと同様に心待ちにしている。

ミュージカル「オクラホマ」を見る

ストラットフォードフェスティバル

1800人強収容の劇場でミュージカル。楽しかったけれど、う~ん、それほど感動せず。話が単純だったからかなぁ。12月から去年に引き続きニューヨークメトロポリタンオペラのハイビジョンライブが最寄の映画館でライブ上映される。去年味わったこのオペラの感動と比べると雲泥の差。やっぱりミュージカルとかお芝居とか私には向いていないのかも。

12月にロミオとジュリエットで今シーズンのハイヴィジョンライブが始まる。まもなく、会員限定のチケットの前売りが始まり、その他一般は11月9日から。売り切れになるかもと思いつつ会員にはならずに一般発売日をのがさないようにしているところ。

10月13日、14日の夕食

10月13日、晴れ曇り晴れ曇り。強風。10月14日、曇り晴れ、穏やか

10月13日  (最後の残りの)茶碗蒸しとおでん、三度、中国系大型スーパーで買った寿司セット(小;いなりとかっぱ巻が主)。
ついに今回の買い物合計が60ドルにおさまる。和菓子が食べたくなったらしく、中国系スーパーで見つけた日本製の8個詰の最中を買う(私の目にはひどくまずそう)。硬くて最中とはいえないなぁと文句をいいつつ味は悪くないとか言って食べている。帰りに春先にオープンしたパンやでコーヒーを飲む。「お客様との信用関係をもとに営業しております」とのことで、会計をする人はなし。バスの整理券入れのような入れ物にお客が各自合計してお金を入れるシステム。「当店には電話もございません」と書いてある。パン職人はひたすら製造に集中している。もちろん「ご質問があればなんなりとお尋ね下さい」とも書いてある。焼酎は満腹で飲んでもおいしくない(普段は、夕食時に一杯、就寝前に一杯)とかで、2杯夕食時に飲む。レッドソックスの試合開始前に眠る。

10月14日 釜揚げうどん、昨日のいなりとかっぱ巻、日本酒と焼酎
朝起きて日清の旭川ラーメンを焼き豚入りで食べて昼寝。夕方6時過ぎまで空腹にはならなかったよう。ということで、さっぱり釜揚げうどん。
農地が広ければ日本と違って家畜の飼料も自前でできる、来年の北京オリンピック、10年の上海万博の後世界経済はどうなるだろう、とか。

Friday, October 12, 2007

「半島を出よ」、村上龍、を読む

成田空港でこの間買った本。2005年、まだ小泉政権の頃、日本の将来を危惧して書かれた超近未来の話。日本経済が破綻し、日本は世界の孤児となっている。世の中の常識というもののズレの指摘。一見健全な家庭のようで破壊している家族関係。相変わらず無能な政治家、閣僚。

人間とか社会って、時代とともに次第に凶暴化するのだろうか、とここ10年の凶悪事件のニュースを聞くと考えさせられる。そして、あのコワイ、スタンレーキュービックの「時計仕掛けのオレンジ」を思い起こす。

去年のノーベル文学賞作家の本”SNOW”を読み終えないうちに、今年のノーベル文学賞作家が昨日発表された。一気に秋が深まったところで、SNOWを再び読み始めるか、それともやはり冬に読むのがふさわしいのか。。。

村上の本は結構分厚い上下の文庫で、毎日寝転がりながら読んでいたら、左の肩甲骨から首の筋がおかしくなった。

10月12日の夕食

曇り、時々晴れ。最高気温14度。

10月12日  サトイモのムニエル風あんかけ(?)(今日テレビの料理番組でみたらしい)、もやしおひたし、豚肉三枚肉しょうゆみりん炒めをレタスに、お味噌汁。今日は金曜日ということで赤ワイン。おなかいっぱい。。。。

夕食の残り物をかろうじてお弁当に持参し片付けているものの追いつかず。明日の土曜日はどんな買い物になることやら。。料理用ということで安い赤ワインと白ワインを買ったけれど、ワインを使うお料理なんてするのかなぁ。。。

今日は私の方が先に少し酔っ払ったかも。。レッドソックスの試合をみながら日経、そして焼酎、就寝。。

Thursday, October 11, 2007

10月11日の夕食

気温15度。夜は3度。暖房のスイッチを入れる。室内温度21度に設定。

10月11日  昨日の茶碗むし、にらの卵とじ、シラス大根卸し、暖か冷麦お味噌汁椀に一杯

お昼もしっかりと前の晩の残りを食べているせいか、会社での果物間食が減ったよう。今日は、風がなかったとかで家の前の通りを2周したとか。3周しようかと思ったけれど、ご近所に怪しまれるかと思い、逆方向へ少し歩いたとか(怪しまれないって!)。デパ地下の魚屋ではお得意さんになっていて、いいものを結構まけてくれるらしい。お兄さんの家族にはイロイロお世話になっているので、時々一個500円くらいするケーキも10個くらい買っていくとか。冷麦、揖保の糸はうまい!!という会話。明日から松坂のレッドソックスの試合。松坂の登板は月曜日の3試合目。

Wednesday, October 10, 2007

10月10日の夕食

最高気温19度。夜は6度。月曜日は30度を超え冷房稼動したのに。もう寒い。。

10月10日  待望の茶碗蒸、祖母伝来の具盛りだくさん、冷麦(そうめんがなかった)、甘栗、たけのこ、しいたけ、さやえんどう、鶏肉、ふ。特に麺が底に若干入るのは祖母のオリジナル。

  茶碗蒸はうまい、友人のMは茶碗蒸の底のソーメンに感激し茶碗蒸の入れ物の半分くらいまで入れてはどうだろうかと提案したとか、オハイオ州での高校生銃乱射、クライスラースト突入、今日は午前中家の前のとおりを散歩に出たが寒かった、公園では子供が冬のラックをきて遊んでいた、という会話。お湯割焼酎はコップに一杯、もう一杯といきたいところだが、寝る前に飲むとのこと。そして日経に向かう。

Tuesday, October 09, 2007

10月9日の夕食

雷雨、気温23度。退社時19度、夜は9度にまで下がるとのこと。今週はもう20度を越えないらしい

10月9日 おでん
      なべはやはりうまい、という会話。韓国人は肌がきれいだとか、太ってないとか。。山崎パンが1割値上げするとか。。

Monday, October 08, 2007

10月8日、感謝祭祝日に食べたもの

晴れ、気温30度。明日から平年並みに戻るらしい。最高気温は20度以下

10月7日  ギンダラ入り湯豆腐。日本酒
          6時半からヤンキースの試合放映ということで6時に食事
10月8日  カレー、もやしおひたし、昆布の甘辛煮、とうがらしのしそ味噌巻(辛すぎ、数日おくと辛さがとれるとか。。。)
        七面鳥は昔どこかのパーティーで食べた事があるし余りなぁ、ということ。二人で一羽もたべきれないしね。

Saturday, October 06, 2007

今日のメニュー

晴れ、曇り、雷雨、気温30度、室温27度に設定の冷房が稼動

日本食料品店、中国系大型スーパー、そして酒屋と計200ドルの出費。食材全て使いきれるのだろうか。。。

10月6日 日本食料品店で買った刺身盛り合わせ、かっぱ巻、いなり寿司、日本酒。デザートはシュークリーム。うーん、おなかいっぱい。。。

Friday, October 05, 2007

昨日、今日の夕食

晴れ、気温28度。この週末はカナダ感謝祭で連休。日曜日は30度になる予報

10月4日 鳥桃肉の甘辛煮、キャベツの千切り、じゃがいも・鶏肉・キャベツのスープ
10月5日  焼き豚スライス、サツマイモのしょうゆみりん蒸し、レタスサラダ、きのうの残りスープ、さやえんどうのからし和え。金曜日なのでビール

Wednesday, October 03, 2007

「博士の愛した数式」、小川洋子、を読む

9月中旬から下旬にかけて法事のため帰国。以前から読みたいと思っていた「博士の愛した数式」を読んだ。そして、吉本ばななの「TSUGUMI」も読んでみた。ばななの本を読むのは初めて。好みとしては、小川洋子に軍配。彼女はPaul Austerやカナダの叙情的小説を書くAlistair MacLeod の作品が好きだといっている。外国語で出版されているか調べたところ、フランス語で"La Formule preferee du professeur"、英語では"The Gift of Numbers" と訳されて出版されている。アマゾンではフランス語では購入できるものの、英語版はまだのよう。

実は、英語版がでたら、数学者のマルコムのパパに送ってあげようと思っている今日この頃なのであ~る。

10月3日の夕食

曇り晴れ、24度。

けんちん汁、豚バラ肉の甘辛煮レタス包み(というのだろうか。。)、ふろふき大根、キュウリの胡麻和え。明日のお弁当はまさしくこれと同じ。

Tuesday, October 02, 2007

最近の夕食

曇り、気温22度

9月28日   もやし酢のもの、ナス田楽もどき、ゆでたまごとタマネギのマヨネーズ和え
9月29日   T&T(中国系大型スーパー:現在郊外から街中に進出し、カナダのスーパーを脅かしている)でお寿司を買い持ち帰って食べる。まぁまぁ。
9月30日   すきやき
10月1日   肉じゃがうま煮風、キュウリ味噌酢、もやしお浸し、けんちん汁
10月2日   すきやきパート2:最後はうどんすきやき。きゅうり胡麻和え

Sunday, September 09, 2007

"Middlesex", Jeffrey Eugenides, を読む

昨日晴れ、最高気温31度、今日は最高気温21度で一日静かな雨

Middlesexは主人公が子供の頃、家族ともども引っ越したデトロイトにある自宅の通りの名前。そして主人公のカルは男女両性を備えている。もし、これが日本の小説だと、社会状況と並行して、カルの肉体の変遷と精神心理を功名に表現し、カルの1世代の話となると予想される。でも、この小説は、カルの祖父母の第一次世界大戦中のギリシアの村の状況、命からがらの出国、そして新大陸アメリカデトロイトでの祖父母、両親、そしてカル、のギリシア移民三世代にわたる話となる。カルの祖父母と両親が、アメリカで礎を築いていく話は全ての移民に当てはまり、移民国家そして新大陸アメリカならではのものと思われおもしろい。また、デトロイトという自動車産業と人種問題の街の様子にも興味を持たされた。

映画にたとえると、ゴッドファーザーの構成でいけるかもしれない。パート1は、カルの女の子から男の子となる17歳までの話(アルパチーノ扮するマイケルがゴッドファーザーとなるまでの話)。パート2は、祖父母がギリシアからアメリカへ移民しアメリカでの基礎を築く時代(ゴッドファーザーのアメリカ移住とマイケルが生まれるまでの話)。二世代あとにカルが男女両性を備えて生まれてくる鍵がこの時にある。パート3は、現在の41歳のカルの話。つまり17歳以降の話。小説では片鱗しか語られていない。

補足だけど、日本の小説は1世代の話、もしくは今17歳の話、はたまたこの1週間の話といったものが多いように思う。村上春樹しかり、川上弘美しかり、小川洋子しかり、2005年あたりに読んだ芥川賞の「蛇にピアス」「蹴りたい背中」等々。これはこれで、かなりおもしろいけれど、こうした背後には、既に定着している核家族化、そして最近増えていると感じる単身赴任による家族分散の生活があるのではないかと思われる。今、日本に出稼ぎできて結婚等で日本に定着した家族の1、2世代後の人たちの書く小説が現れたらおもしろいかもしれない。

Wednesday, September 05, 2007

ニューヨーカーフェスティバルプログラム速報

晴れ、気温25度。明日は32度の予報

ネット情報特別メンバー宛に、今年のニューヨーカーフェスティバル(10月5-7日)のプログラム詳細が届いた。3冊目の本を執筆中で多忙のマルコムの名前はないのではと思ったけれど、土曜日の夜の「アイビーリーグは消滅すべきか」という題でAdam Gopnik (どういう人か不明:勉強不足)と討論するらしい。インタービューするマルコム、インタビューされるマルコムは見たことがあるけれど、デベートする姿はまだ見たことなし。知的に論戦する姿に興味あるなぁ。ちなみに、マルコムは、以前、アイビーリーグに関して(特に白人主義をつらのこうとするハーバード大学の事実)の記事をニューヨーカーに書いている。(入場料20ドル)

でも、興味を引いたのは、作家同士の対話セッション。6セッション予定されていて、一つはサルマンラシュディ(Salman Rushdie)とオーハンパムク(Orhan Pamuk,2006年のノーベル文学賞作家)二人の対話。サルマンラシュディの本はまだ読んでいないのだけど、社説、論説記事等を新聞で読み、非常に明確な文章で魅力を感じ、是非、彼の本を読みたいとうずうずしているところ(実はMidnight's Children が手元で待っている)。パムクの本は半分読み始めていて中断。冬が来るのを待っているところ。というのもSnowという題の本で、終始雪景色の情景が川端康成の冬の情景描写のように流れ、真夏に読むには不適と判断。寒くなったら、再開予定(入場料25ドル)。もう一つの作家同士の対話は、LorrieMoor(不明:勉強不足)とJeffrey Eugenides。実は今Jeffrey Eugenidesの本を読んでいるところ。毎日、早く家に帰って読みたい衝動に駆られている本。その感想は週末にかけると思う。とても強烈な本。その名も’MIddlesex"(入場料25ドル)。

行きたい!チケット発売は9月15日正午。入場券オンライン発売はニューヨーク都市区のみ。後は、フェスティバル本部での購入か電話での購入。去年の場合、電話はずっとお話中で繋がらず、人気のものはすぐさま売り切れるというのが実態である。

実は、このネット情報特別メンバーもアメリカ国内の人しか対照にしていなかったのを、編集者にメールして無理やりメンバーにしてもらった。。

行きたいなぁ。。10月のこの週末はカナダの感謝祭で3連休、でも、他の予定が入っていて。。。。ウーン。

Sunday, August 19, 2007

Rと消費文明

Rはポーランド人の友人。彼も流石ポーランド人!という感心の的の一人。

今日のRとの会話で、シンガーミシンの話(一応ブランドに凝っている)。私がミシンを買おうかなと思っているというと、今直しているのがあるから買うなという。なんでもサルベーションアーミー(救世軍)から中古を安く買ってきたもので、もう少しで修理が終わるというもの。そして、過去の話に。なんでもカナダに来てまもなく、友人のFとガラージセールを回っていたら、シンガーミシンが35ドルとあり、彼らの目からはどこもおかしいところなし。ほんの少しボビンケースのあたりを直せばいいことだったらしい。お買い得という事で購入し、ミシンは別れた奥さんのもとへ。また、すぐさま次のシンガーミシンをガラージセールで目にする。使用説明書付きの新品。なんでもキシキシして回りがよくないとのこと。提示金額は5ドル、どうみても前の35ドルのものよりも新品で、耳を疑い50ドルかと思い(Rの英語は未だ不完全)、高すぎるといったところ、2ドルに下げてきたとのこと。てっきり20ドルだと思って20ドル紙幣を渡して、車に乗り込んだら18ドルお釣りがきてビックリ。15ドル払って購入した油をさしたら新品のそのもの。そして、これは、友人のアラのところへ。カナダ人とは、カナダ社会とはなんて愚かな、、と思ったとの事(今もかな)。ということで、ロバートのミシンを待つ事にした。

帰り際に、広告と混じってIKEAの新しいカタログが入っていたから持っていけという。ちなみにロバートは現在ポーランドに一家で帰国中の友人Zの家に住み込み留守番をここ3週間している。Zが見るかもしれないからいいよというと、ZはIKEAなんかで死んだって買い物しないから大丈夫だといわれた。なるほどそれは確かだ。私も愚かな人種の一人かな?ハハハ。

"Liar's Poker", Michael Lewis, を読む

生後3週間の子猫2匹、生後6ヶ月のクロネコ2匹、トラ猫2匹の里親を友人が探しています。

マイケルルイスは証券会社全盛時代のソロモンブラザーズに新入社員の120人の一人として入社。ウォールストリートのナンバーワンが崩壊していく姿を内側からユニークに描く。新入社員研修というものが何週間にもわたって行われる。1列目はハーバードビジネススクール出身、そして、その他のアイビーリーグ出身者、一番後ろはその他モロモロ大学出身者で講師たるトレーダーをからかう不真面目者。さて、日本人はどこに座るかというと、一番前に5人全員陣取る。そして、ひたすら寝ているそうだ。ソロモンブラザーズは東京での拠点強化を図っていた頃なので、まぁ、日本人研修生はお客さま。または、英語がわからないから寝ているのか、日本人特有の寝ているようで実は聞いているという姿勢なのか、話題になっている。不真面目な最後列のやつらは日本人リーダー格のヨシという人物が何分で眠りこけるかかけたりしている。

会社の崩壊はコーポレートカルチャーの崩壊でもある。ソロモンブラザースが、以外や以外、義理と人情から始まったのには驚き。そして、その後は派閥としてあれよあれよと崩れていく。稼ぎのいいトレーダーはみな巨大で、目をそむけたくなるくらいひたすら食べているそうだ。。。

ビジネス関係の本を読むのはヒジョーに珍しい。

"The Shadow of the Sun", Ryszard Kapuscinski, を読む

曇り晴れ、20度。水曜日には32度に上がるとの予報。夜には既にこおろぎの声

カプチンスキーはポーランド人の海外特派員。50年代後半のガーナの独立から始まるアフリカの年の60年代を自分の目と足で実体験し、その後のウガンダのアミン、ルワンダの民族紛争、エチオピアの飢餓という世界的にセンセーショナルなニュースを彼の視点で分析。そしてその分析は冷静で説得力があり、見せかけの偏った報道しか目にしない者にとっては目からうろこ、また偏った報道しかしない記者にとっては穴があったら入りたいといった感じだと思う。

文章は時にしつこいくらいに形容詞が並ぶけれど、これはヨーロッパ言語では表現できないがための努力の末のもの。本人は、アフリカの奥の奥に現地人と車で入り込み、生と死をわける体験を何度もしている。そして、道路事情といえるかどうかだけど、アフリカでのドライブを迷路と度々表現する。また、植民地時代、奴隷制、東西冷戦がアフリカに残したものを非難するのではなく後戻りのできない史実として受け止め、その史実がアフリカでのものであるが故にどう現在に至っているかを語る。

大学でエチオピアの最後の王ハイルセラシの最後を書いた「エンペラー」を読まされたのを覚えている。この本も、カプチンスキーによってかかれたものだったと知り、もう一度読んでみようと思っているところ。

最近は仕事が忙しくてちょっと困っている。。。

Sunday, August 05, 2007

ポーランド人ジヴィの人生観

8月5日。30度。連日32度を超える。水曜日は36度。木曜日の夜中雷雨。

ポーランド人の友人ジビィは、高校をでてドイツのタイヤ工場で働きドイツ語を覚える。その後、リビアでタイヤ技術指導員として働き、アラビア語もマスターする。そして、リビアの寂寞とした土地で、おいしい野菜を食べるがために家庭菜園感慨農業を実施し、名物男としての名をあげたらしい。そして、ここカナダでも同じである。昼間は自前のオンボロトラックで運送業。小川の流れる広い敷地にある自宅に帰ると、日が暮れるまで、家庭菜園の手入れと、馬、あひる、うさぎ、にわとり、はとの世話に時間を費やす(プラス猫7匹、そして犬のディンゴが走り回る)。

ジビィの家族といると、彼(彼ら?)の明確な人生観を知る事が出来る。つまり、人間の営みとは何かという質問に、ジビィは的確に答えることが出来るのである。ジビィのいう人間の営みとは、次世代を担う子供を産み育て、自分の食は自分で汗を流して確保する、汗を流して得たところに喜びがあるというもの。この人達の食卓に大量生産コスト削減のために生産された食べ物は見られないし、遠く何万キロも離れたところから収穫(生産)された食材は並ばない。全てローカル産(自前)のものである。本来の食べ物の味を知っている彼らに見せかけの食材は通用しない。。本当の贅沢とはこうした生活にあるのではないかと感じる

Sunday, July 29, 2007

またまたグレングールド




7月29日。晴れ、31度。ついに冷房稼動

グレングールドのお墓です。グレングールドの最初のマネージャーだったホンバーガー氏いわく、世界で活躍するピアニストがカナダトロントにやってきて、ホンバーガー氏に会い、グールドの最初のマネージャーだったというと、皆、必ずお墓参りを申し出るそうです。まず、墓地近くにある、グールドの元アパートの部屋で、一人ゴールドベルグ変奏曲を聞き、そして、お墓へ。ロシアのピアニストキーシンもその一人だったとのこと。この写真の場所に、キーシン他、世界に名だたるピアニストがお墓参りにきたと知るとまた感慨ひとしおです。

Saturday, July 28, 2007

Parry Soundへ一泊二日の旅;7月26日、27日

両日とも最高のお天気。

正午のピアノコンサートに間に合うように朝7時に家を出る。木曜日はベートーベンシリーズ。2時のコンサートは、ピアノの前進ピアノフォルテと現在のバイオリンよりも小さめのバイオリンでのベートーベンのバイオリン、セロ、ピアノフォルテのトリオでの演奏。

夜は6時半出発のサンセットディナークルーズ。8時53分に真っ赤な夕日が沈む。1テーブル2~5人で7,8テーブル。ポンポン船みたいな小さな船だったけれど、十分楽しむ。フランスからのご夫婦とそのどちらかの母親もこのクルーズに。お母さんと思われる女性は、ゆうに80歳は超えていると思われる。時々片手に杖をもって歩いている。この彼女、とてもシンプルな黒の木綿で、丸く胸のところにカットの入ったミニのワンピースを着ていた。靴は、白い履き心地のよさそうな靴。私も、80歳を超えても、自然な感じでこんな服を着ることができたら最高だな。。

クルーズ巡りは同時に小島や湖畔に面する高級別荘地巡り。夕日が沈むのをみて、自然を満喫。そして、別荘をみてため息をつくなんて変なものだと実感。

この旅で、私の夏もおわりかな。。

Festival of the Sound(音の祭典)、グレングールドの思い出

7月28日、2時
お昼のコンサートはバロック。バッハのカンタータとバイオリン、オーボエのコンチェルト。

そして2時からグレングールドの最初のマネージャー、Walter Homburger 氏を招いてのインタビュー。ピアノの周りにヒーターをいくつももってきて気温を41度くらいまでに上げてレコーディングしたというグレングールドの寒がりで有名な話。オペラにも興味があり、ピアノで弾いてみては、周りの人に、曲名と作曲家をあててみてというナゾナゾが好きだったという話。また、交響曲で、それぞれの楽器の担当するメロディも正確に覚えていて、ピアノで弾いてみせていたとのこと。そして、なんの曲でしょう?ってやってたらしい。グレングールドがコンサートをやめて、レコーディングだけに専念すると決断したとき、マネージャーのホンバーガー氏は、そんなことしたらレコードだって売れないよと忠告し、大反対したらしい。そして、彼の心配をよそに大ヒット。その度に、グレングールドはホンバーガー氏に「なんで電話していると思う?」と、茶目っ気交じりで電話してきたという。西側諸国からの最初の演奏家ということでソビエトに行ったのが59年。モスクワ、そしてレニングラード。コンサートは、連日超満員で、宿泊先としていた大使館、領事館前には、連日グレングールドの演奏のニュースを聞いた人達の人だかり、館内は花束でいっぱいになっていたということを、まるで昨日のことのように話していた。

インタービューの途中、レニングラードでの演奏の録音が流れ、また、運営陣かつクラリネット演奏家としてこの祭典に参加しているJames Cambell が、カナダ国営放送の音楽番組で、まだ学生時代に競演したときのものが写しだされた、その時の緊張と興奮、そしてナゾナゾクイズを語ってくれた。

会場は、湖に面した部屋で、150人くらいいただろうか。殆どが退職老夫婦で、かつ音楽に造詣が深い様子の人々だった。インタビューが終わって、駐車場にいたところ、このホンバーガー氏が一人で会場からでてきて、自分で自分の車に乗り込み去っていった。我々も一路トロントへ。明日の土曜日はゴルフ大会である。

Festival of the Sound(音の祭典), Parry Soundに行く; ゴールドベルグ変奏曲ライブを聞く

7月27日(金)晴れ、28度、日陰は心地よい

グレングールドのお墓参りをきっかけに今年がグレングールドの生誕75周年である事を知った。そして、トロントから約北に240Km、ジョージアン湾に面するパリーサウンドという美しい別荘地でグレングールドにちなんだ企画のある事を知り、1泊2日で車をとばす。めざすは、金曜日の10時半からのモーニングコンサートのゴールドベルグ変奏曲。カナダ人ピアニストソロの予定が、ニュージーランド弦楽四重奏団との競演。ピアノソロを期待していたので最初残念に思ったけれど、とても感動した。合奏あり、ソロありで、1時間半の演奏。最後のアリアはグレングールドの録音が流れた。ピアノの演奏を聞いて、なんて難度の高いテクニックを要する曲だろうと。。聴衆もかなりの集中力を必要とし、終わって興奮と感動と疲労感(カナ)。。NZ弦楽四重奏団はゴールドベルグ変奏曲のレコーディングもしているとのこと。最初のアリアでは、弦楽特有の滑らかさで、物足りないかなぁと思ったけれど、中半から後半にかけて、アレンジがとてもよく感動。

自分がゴールドベルグ変奏曲に挑戦してみようと思ったことがなんて向こう見ずなことだったかと実感する。

会場は、300人くらい収容できる室内楽に最適の音楽堂。7割は退職して夏の間パリーサウンドの別荘地に滞在していると思われる老夫婦。残りがその子供夫婦と孫がチラリといった感じか。この祭典は毎年23日間程の期間行われており、今年はなんと26周年目とのこと。リゾート地での音楽会ということで定着しているらしい。街のカフェに入れば、先ほどのバリトンとソプラノの歌手が家族とともに店に入ってくるといった感じである。

Friday, July 20, 2007

モントリオール、オタワの旅:首都オタワ

18日、曇り。激しい雨、雷

朝8時におばの家を出る。8時40分ホテルピックアップ。モントリオールで有名な24時間営業のベーグル屋に立ち寄り、レーズン、セサミ、プレーンのベーグルを2個ずつ買う。ユダヤ人街にあるこの小さなお店では、釜からベーグルがどんどん焼かれてでてくる。店内は、小麦粉の袋の山と、釜と、冷蔵庫、そして50年前から使っていると思われるレジのみ。1957年創業ということで今年は50周年という張り紙があった。そして、一路オタワへ。モントリオールからオタワというルートは走った事が無いので、ちょっと楽しみ。途中激しい雷雨にみまわれる。モントリオールから行くと、オタワを東から入ることになる。川沿いのドライブウェイを走り、航空博物館へ。総督邸をすぎ、首相官邸、日本大使館と贅沢な敷地にある大使館どおりを走り抜け、オタワ市内へ入る。パスタで腹ごしらえし、国会議事堂へ。ガイドツアーの待ち時間、議事堂の庭正面、裏を散策。あいにくの雨、でも、時計台タワーからの眺めはやはりいい。

オタワを5時半出発。通勤ラッシュにもまれ、オタワ川にそったプロムナードを走り、オタワを抜ける。川沿いに続く広い公園は、サイクリングに最適である。ナイアガラのワイナリーのドライブに少し雰囲気が似ているカナ。オタワは首都としての風格をそなえ、かつ市民が家族で集える緑の敷地がいたるところにある。土地の高低のあるオタワは冬は市民のスケートリンクとなるリドー運河が流れ、この運河は、今年、ユネスコの文化遺産に指定された。帰りは、裏道をとって、キングストンまででる。この裏道ドライブルートはリドー運河の延長ルートに沿って走る。ボートがあれば、オタワからずっと運河をたどってキングストンに出る事が出来ると昔カナディアンジオグラフィックで読んだ。一度やってみたいなぁ。

帰り道の高速運転は、花王石鹸のトレードマークそのものの三日月を正面に見ながらのドライブ。夜11時半に帰途につく。

思いがけずの一泊二日の旅。一人だったら2泊はしていたと思う。誰かのガイドをする時は、自分も楽しめるように、定番観光ルートプラス自分の行った事の無いところをこっそり入れる事が秘訣である。

モントリオール、オタワの旅:美しい街モントリオール

17日晴れ、気温34度。日に焼ける。早朝5時半に家を出る。

日本人一家をつれて急遽一泊二日のモントリオール、オタワの旅へと車で出かけた。往復約1600kmの旅。昔住んでいたモントリオールということで不案内ではないものの、モントリオール市内の運転はかなりあらっぽい。結構チャレンジングな運転である。去年来た時に気に入ったフレンチカナディアン系地区の美味しいカフェでランチ。モンロワヤールの山の上からのモントリオール市内展望。そして、初めて、車でヨーロッパのたたずまいの観光地区、オールドモントリオールに入り込んだ。ノートルダム教会を見て、のんびりと川沿いの広い公園を散策。恋人達が木陰で、重なり合って涼んでいた(?)。友人ご夫婦に「どお、あんなふうにして涼んだら?」と勧めたところ、ご主人は「イイワ」の一言、奥さんは「余計暑苦しい」でした。

夜は、お友達一家をホテルにチェックインさせて、私は、モントリオール郊外に住むおばさんのところに泊まる。5月末にトロントで会っているものの、一人住まいなので、とても喜んでくれ、夕食もご馳走を用意してくれた。夜は、昔話とオペラの話。この間亡くなったオペラ歌手ビバリーシルズの話に花が咲く。

モントリオールは本当に綺麗だ。トロントが大都市で、最近はおしゃれになってきたとはいえ、全く魅力を感じない。昔のルームメートだったナタリーの妹ベロニックに会いたかったけれど、バケーションということでモントリオールを不在にしていた。ベロニックはモントリオール交響楽団でビオラを弾いている。4月のカナダ横断演奏会で近くに来たときに、会場にお花を届けたところ、とても感激してくれた。ルームメートだったバイオリニストのナタリーはアリゾナにいるとの事。ナタリーとの連絡はまだとれない。

Sunday, July 08, 2007

Lost in the Middle, Malcolm Gladwell, を読む

予報は外れて雨。夕方から晴れ、ムシムシ。久しぶりに一日雨の音を聞く

"Brown Face, Big Master"の序文で、マルコムが1998年5月ワシントンポストに書いた記事があることを発見。早速オンラインで読み、異人種間結婚により生まれたマルコムの以外な内面を発見する。

マルコムは、英国人の父親のグラハムを盲目ともいえるくらい全く社会的偏見のない人物と評する。それ故、人種、社会的地位、国籍等関係なく、誰とでも知り合いになるという。ジャマイカ人の母親は見かけの違いは問題じゃないのよと明言する力を持つ人物と評する。そして、自分はその両親の両方の才能も持たずに、揺れ動いていると。

この記事を読むまで、マルコムもこの両親の才能を兼ね備えているとばかり信じていた。カナダの田舎で、人種差別に会わなかったのは確かと思うが、彼自身、白人の中にいると、自分の西インド諸島人の血を感じ、西インド諸島人の中にいると、自分の白さを感じるという。理論上分類学的観点から、異人種間結婚により、新しい人種のカテゴリーを生む事になるわけだが、かといって、その基礎となった人種の履歴を抹消できるわけではないと。中学高校時代、マルコムは中距離の選手で、当時、西インド諸国からの移民がオンタリオ州に大量にやって来た時期と重なる。州大会に行くと、今までに見たことの無い沢山の黒い顔の選手達をみて、とても親近感をもったという。そして、ついに、田舎の彼の陸上チームにも西インド諸国からの高飛びの選手が現れる、そして、ある日突然、予期せずして、「お前っていったい何なんだよ?」と聞かれ絶句したらしい。高校時代に一時アフロの髪型にしているのはこうした背景もあったのかもしれない。

マルコムは、どちらかというと父親グラハムの才能を持っていると思っていたが、どちらかというと、繊細な少女期を過ごした母親により近いように思えるようになった。

マルコムの両親の1950年代後半の異人種間結婚は、南アフリカでは、アパルトヘイトが猛威を振るっていた時代である。今でこそ、異人種間の結婚は日常茶飯事となりつつあるが、それでも白人と黒人の結婚は、白人と黄色人種のそれよりも、また白人と黄色人種の結婚は、黄色人種と黒人のそれよりも、社会的にまだ複雑であると思う。

高校時代に一時アフロの髪型にしていると上記に書いたが、その後その時期は明確ではないが、97年に1作目の「ティッピングポイント」を出版したときの初版には、保守的なとても短い髪型での写真が載っている。そして彼の2冊めBlinkの執筆にとりかかる数年前あたりというから2000年か2001年あたりから、再びアフロの髪型にしている。おそらく、この時期に母親ジョイスが信仰の意味を理解したように、マルコムも自分のアイデンティティを確立することができたのではないかと思う。

そして、今や、その風貌がカリスマ的なイメージを作り上げている事は間違いない。

Saturday, July 07, 2007

Brown Face, Big Master, Joyce Gladwell, を読む

晴れ、気温31度。明日は36度の予報

私のお気に入りのマルコムグラッドウェルの母親の自叙伝。1969年に初版が出ている。マルコムは、「僕の一番好きな作家は母親のジョイスグラッドウェルです。」と明言している。タイトルのBrownFaceはジャマイカ生まれのジョイス自身のことで、BigMasterはジャマイカで神の事を意味する。 植民地時代のジャマイカに生まれ育ち、英国人男性と結婚したジャマイカ人女性が、終始神の存在を問いかけ、信仰の意味を探る。そして、そこから、知識人として、女性として、そして母親としての自立を見出す。この自叙伝は3男のマルコムが生まれてまもなく執筆された。

植民地時代の中流階級のジャマイカで生まれ育ったジョイスの両親は教師でかつ牧師である。中流階級といってもお手伝いさんのいる生活は、私としては、それ以上の環境という印象をもった。ある意味で当時としては温室育ちの幸せな少女時代を過ごしたと思われる。英国のカリキュラムをそのまま実施する寄宿制の学校に送られ、白人、黒人、黄色人種のいる環境で育つ。ある日図書館で百科事典に目を通していると、ネグロ人種の劣等性という記載に出くわす。心に違和感を覚えながらも、静かに百科事典を閉じる。そして、その数年後、ロンドンで、その間違った社会通念に直面しそれがどういうことなのか実体験することになる。

終始、ジョイスは神の存在を問いかける。神が存在するのであれば、何故、試練を与えられるのか、と。そして、十字架は何を意味するのかと。そして、神は全知全能ではなくて、人々の苦しみを救えないがために、十字架を背負っているのだと理解する。これは、私にとっても明確な結論を示してくれた。

信仰をもつということは大切な事であると思う。残念ながら、私に信仰はない。無神論者であると思う。数年前にアラノンというアルコール依存症の家族の集まりに参加したことがある。集まりの目的は、お互いに傷をなめあうのでも愚痴をいうのでもなく、自分を見つめなおす事により、アルコール依存症の家族と対話していくというものである。宗教とは関係してないといいつつも、その根底にはキリスト教の精神が流れており、数度のミーティングで挫折した。神の存在、神の救済、というものが全く理解できないからである。熱心なイスラム教信者の同僚は、宗教について学べば学ぶほど、神の存在を益々信じるようになるよという。そして、信仰がないということは非常に気の毒なことであるといわんばかりに、私の無信仰に同情し、今からでも遅くないよ、力になるよと激励してくれる。医者になったいとこの一人は、彼の父方の父親から、医者になるにあたり、信仰をもつべきではないか、と助言されたと聞いた。彼はその後信仰をもっただろうか。

カリブ海文学、キリスト教信仰の分野で紹介されている。植民地時代の中流家庭に育ったジャマイカ女性の貪欲なまでの知識欲と、異国での生活適応、そして人種差別。是非、日本の女子大生にも読んでもらいたいと思う。

Sunday, July 01, 2007

ピアノのお稽古とグレングールド

カナダデー。明日は祝日。晴れ23度、風があって涼しい
ピアノの先生をしていたという奥さんと知り合い、ピアノのお稽古をした。今回二度目。前回のレッスン後の上達具合のチェック、というよりまだ不安な部分の確認。やはりまだリズムは崩れる。実はここ数ヶ月、ひょんなことから、バッハのゴルドベルグ変奏曲の楽譜を見つけ、弾いてみようという気になって始めた。最初のアリア、メロディーはよく知っているものの、いざ弾こうとすると、装飾音がいっぱいで指使いも難しく、難航。そこで、この先生に登場してもらった。高齢者を対象にピアノを教えていたということで、強引に教えないところがうれしい。あくまで本人の意思尊重。右手左手と弾いて、本人満足。そこで、「じゃぁ次は両手で弾いてみましょう!」なんて強気な指導をしてくれないところが、才能のない気まぐれピアノ愛好家には格好である。そしてお茶でも飲んでおしゃべり。作品が完成するまでには永遠の時間がかかるかもしれないが、自信喪失することは無いと思われる。でも、しばらくバッハはやめて、モーツアルトのソナタにしよう。。。と思い始めている(先生も楽譜を貸してくれたし。。)

ということで、今日は、以前から行きたいと思っていたトロント市内ど真ん中、贅沢な敷地内の霊園に眠るグレングールドのお墓参りに一緒に行ってきた。最近誰かが供えたと思われる一輪のバラと青いリボンの数本のバラの花束がアリアの音符の石碑の上にあった。続いて、カナダ放送局内グレングールドスタジオ前にあるベンチに腰掛けるブロンズ像のグールドを見る。オタワの公文書博物館に確かグールドのピアノの椅子が納められていたと思う。次回オタワに行ったら見てみようか。。。

Tuesday, June 19, 2007

ウルフォウィッツ世銀総裁と穴のあいた靴下

晴れ、午後激しい雷雨。気温28度。
最近は、側近の辞任と自分のガールフレンドの厚遇問題で、一段と極地においやられているウルフォウィッツ世銀総裁。The New Yorker 4月9月号におもしろい記事がある。彼はイスラム世界への感心が高く、イスラム諸外国を訪ねると、必ずイスラム寺院等に足を運ぶ。もちろん、アラビア語も理解する(他、仏、独、ヘブライ、インドネシア語)。父親は著名な数学者で、コーネルやコロンビアで教鞭をとっていた人であった。ウルフォウィッツ氏自身も純粋科学で身を立てる予定が、大学院時代の仲間の影響で、政治の道へ。ほんの1年の寄り道のはずが、今日にいたってしまう。1年政治を勉強したいと父親に言ったところ、父親はこれで息子の人生も終わったと思ったという。さて、その寺院を訪ねたときにちょっとした事件が。靴からスリッパに取り替え、そのスリッパをモスクで脱いだときに、両足の靴下の親指に大きな穴が!そして、ここで国際機関で奮闘する日本人、世銀欧州中央アジアの副総裁であるShigeru Katsuという人物が登場する。即座に、上司を守るべく、記者達と総裁の間に入り込んだが時遅し。しっかりと穴のあいた靴下の写真をとられてしまった。翌日のトルコの新聞は、穴のあいた靴下の総裁、頭取が靴下に穴、といった見出しで写真を掲載したとのこと。

一昔以上前になるが、北米人が日本人とビジネス提携するのに躍起になっていた頃、そのマニュアルの中には、お辞儀や名詞の受け取り方のほかに、清潔な穴のあいてない靴下を履いていること、というのが明確に記述されていた。私は、それプラス、お得意のカラオケソングを持参することということを付け加えたい。

Saturday, June 16, 2007

サラダ記念日ならぬマルコム記念日

晴れ、気温30度
友人から、昨日ウォータールー大学の卒業式で、マルコムに名誉博士号が授与されたから、実家にいるはずよ、との電話を受け、マルコムの家までジャスミンを連れて出発。そしてとうとう念願のマルコムに会う事が出来た!

そこには、素顔のマルコムがいて、彼の書くものからの印象とも、ビデオクリップで観る講演のときの印象とも違うマルコムがいた。そして、それは、2年前の地元新聞記者の記事から受けた印象と同じマルコムでることを改めて認識した。最初、どちらかというとマルコムのご両親との会話で話がはずみ、マルコムはそばで聞いていた。優しく賢明なご両親のもとで育った3人兄弟の末っ子。そこには、少しシャイなマルコムがいた。最近あまり記事を書いていませんねと聞いたところ、3冊目の本を執筆中との事。2009年出版予定だけれど来年早々には出来上がるらしい。2冊目Blinkを出版したときに、3冊目の執筆は急ぐ必要も無いからとコメントしていた事を指摘したところ、アイディアが浮かぶと書く事が出来るんです、と答えてくれた。本の詳細について知りたかったけれど、楽しみにしているという事だけを伝えた。本を書くという作業はかなり孤独なことである印象を受けた。

裏庭での会話は20分ほどだっただろうか。帰りはマルコムとマルコムのパパ、そして生後7か月の犬のグーグルが見送ってくれた。

次はいつ会えるだろう。

Wednesday, June 13, 2007

A Widow for One Year, John Irving

連日32度。晴れ。

映画名はThe Door in the Floor 邦題は「未亡人の一年」。家族の悲劇を抱えて生きる中年既婚女性マリオンと高校生エディとの出会いから始まる。実は、是非とも高校生以上の女性に読んでもらいたいと思っている。というのは、ここに、恋人を見きわめる一つの判断基準があるからだ。マリオンの娘ルスが成長してからも覚えている父親との会話がある。それは、絶対にオートマしか運転できない男を信用するなということと、どんなことがあっても脇見をして運転する男とはつきあうなという会話である。助手席に座る彼女と話をしていても、彼女に向かって話すような男はダメということ。私はこれはとても正しいと思っている。

Sunday, June 10, 2007

The Space between Us, Thrity umrigar、とジャスミンと菜菜子の関係

晴れ、気温26度。
確か作者はアメリカ在住のインド人女性。階級社会に存在する役割分担を明確に認識しながらも、ある事件から、その壁を乗り越えることが可能かもしれないという錯覚に陥ってしまう(つまり、話せばわかってもらえるのでは、というナイーブな感情をもってしまう)下層階級の老婆の家族と老婆が仕える上層階級の家族の話である。そして、それは、希望をもつことも許されず、永遠に埋めることの出来ない空間なのである。

この上層階級の家族はゾロアスター教信者。そういえば、歴史の教科書で、そんな宗教の誕生を聞いたなっと思い、パキスタン出身で熱心なイスラム教信者の同僚にゾロアスター教について聞いてみた。なんでも、医者とか弁護士とか本当にごく一部の階層の間で主に信仰されているらしい。この彼が、何かの折に、Life is not fair. といった。ふと、自分を振り返って、思いのままに事が運ばない事も多々あるけれど、人生が公正平等じゃないと感じた事は無いなぁと思った。かなり楽観的である。

ここしばらく、お友達夫婦とジャックラッセルの菜菜子ちゃんが仮住まいしている。体重35キロのシェパードジャスミンと体重5キロくらいの菜菜ちゃんの関係は、まさしくこの本のタイトルに匹敵。もう、威嚇することはなくなったものの、どうしても1.2m上、お互いの距離が狭まることがない(っと話がかなりそれてしまった)。

Friday, June 08, 2007

The Cider House Rules, John Irving, 小説と映画

小説に感動し、映画はどんなものかと図書館からDVDを借りて見たことがある。小説も映画の脚本もジョンアービングによるものだけど、2時間という映画の制約上、全く異なる話となって映画化されている。ジョンアービング自身、インタビューで、映画という特殊な条件下では、登場人物を削除したり、話の変更を余儀なくされると語っている。特に彼の小説は、ページ数にして500から600ページ、そして、だいたい30年から40年の時間が経過する。この時間を2時間に集約しようとするとどうしても異なる話にしなくてはならないのは致し方ない。小説ではメロニーという孤児院時代一緒に過ごした女の子の存在が大きい。しばらく空白の時間をおいて、小説の最後の最後に、そしてなんとも絶妙のタイミングで、メロニーが登場する。それは、小憎らしいくらいに巧妙な筋書きで、溢れる涙をとめようがないくらい泣かせる。サイダーハウスルールを読んだあと、続いて、A Widow for One year (映画The Door in the Floorのベースとなったもの)を読んだ。映画を見てみたい衝動にかられることもあるけれど、おそらく観ないであろうと思われる。

Wednesday, June 06, 2007

最近食べたもの

昨日の夜の気温5度、今日の最高気温18度、明日は31度の予報。

今日食べたもの:手作り桜餅2個、肉団子もち米巻4個、アボガドレモンしょうゆかけ、納豆、合挽き肉キムチ、にんじんゴマドレッシング和え、玄米混じりご飯2杯、お味噌汁、アスパラトマトピューレ和えソース、芋焼酎
昨日食べたもの:塩焼そば、にんにくオイスターソースアスパラ、にんにくトウバンジャン味焼き油揚げ、春巻き、豆腐ワカメスープ、スペアリブ塩胡椒味、プチシュークリーム
おととい食べたもの:和風・洋風スパゲティ、オニオンスープ、さいころステーキ、赤・黄ピーマンタマネギ酢味ドレッシング、ソーセージ・クリームチーズサクサクパン、メイプル型サブレ2個
日曜日に食べたもの:マーボー豆腐、ブロッコリー・カリフラワー・厚揚げ中華風、玄米混じりご飯、中華スープ、枝豆まじりグリーンサラダ
金曜日に食べたもの:玄米まじりご飯、お味噌汁、平成シャケ、カリフラワー、キュウリといわしの和え物、サラダ、赤ワイン、手作り水羊羹、(翌日手作りアンパン)
5月31日に食べたもの:ザルそば、焼厚揚げしょうが醤油              
スバラシすぎる!

Thursday, May 31, 2007

Water for Elephants, Sara Gruen, を読む

晴れ、ムシムシ、29度。雷雨の予報は外れ。
作家は、カナダオンタリオ州ロンドンの出身。現在はシカゴ郊外に住んでいるとのこと。
アメリカ大恐慌時代の田舎サーカス団の話で、英語を理解しないが、ポーランド語を理解するローズという象がでてくる。主人公の Jacob Jankowski のイメージが、何故だか、タイタニックの頃のレオナルドデカプリオと重なり、自分の中で、映画化しながら読み続けた。残念ながら、このサーカス団の看板スターに抜擢したい女優は思い浮かばず。人生のいたずらあり、恋あり、愛あり、裏切りあり、友情あり、そして老後の生活描写あり。登場人物の個性がそれぞれ強烈で、ハリウッドで映画化されてもおかしくないストーリーだと思った。でも、この印象は、いささか呆れながら読んだダヴィンチコードとは大違い。ダヴィンチの舞台はパリ、ルーブル、そして、わずか1週間かそこらのあれよあれよのドンデン返しの連続。それよりずっと読ませるものがある。多分、時代背景と登場人物によるところが大きいのだと思う。そして、なんとも予想外の結末。個人的には、この結末は大好きである。最後にキスの画面(キスの描写)で終わるハリウッド映画のダヴィンチコードとは違います。ちなみに、ダヴィンチコードの映画は見ておらず。確かカンヌが試写会だったように思うけれど、その時、トムハンクスのヘアスタイルが不評との話を聞いた。なんでも日本の総理大臣のスタイルを真似たらしい。

Monday, May 28, 2007

Malcolm の講演

5月27日、曇り、激しい雨、21度くらいかな。マルコムのNYコンフェレンスのビデオを一通りみる。オープニングの講演者はマルコムということで、やはり人気のジャーナリストである事を実証する。Music Intelligence では、マルコムが、去年のNYフェスティバルのときの講演(The Formula という題名で9月のニューヨーカーに掲載されている)でとりあげたPlatinum Blue との対話。これは、音楽のヒット性を分析するソフトウェアを開発した会社である。例えば新曲を、メロディー、リズム等の角度から数式化し分布図に位置付ける。そして売れ筋のクラスターとの位置関係から、そのヒット性を予測。その結果「いくら宣伝してもダメですよ」ってな感じで、プロデューサーに助言できるというわけである。これを、映画でもやろうとしている別のソフトウェアの話を去年していた。彼の講演はかなり素人くさい。書くものは、大学の博士論文形式で、起承転結。かなりの数の文献リサーチ(サイコロージーからマーケッティング等)とその分野の人物への直接インタービューで形付けられている。一方、目の前にいる聴衆の反応を見ながらの講演は、やはりうけることも考慮せねばならず、そこに彼らしい努力のみられるところが、なんとも微笑ましいのである。

What we talk about when we talk about love, Raymond Carver, を読む

5月26日、晴れ、25度。花キンは芝刈り。蝦に刺される。村上春樹がレイモンドカーヴァーの詩集等幾つか翻訳していて、読んでみようかという気になった。村上の翻訳では、「愛について語るとき我々の語ること」となっている。カーヴァーの詩集Where water comes together with other water「水と水とが出会うところ」に続いて読んだもので、短編集。村上春樹の短編になんとなく雰囲気が似ている。日常のたわいも無い情景の中で、なんとなく説明のつけようのないというか、つける必要の無い会話とか出来事が書かれている。74年に出版されたこの短編集は、コンテンポラリー文学の真髄なんて、新しい分野を切り開いた草分け的存在のように評されている。去年だったか、週刊誌ニューヨーカーで村上のスパゲティが題材となる短編の翻訳が掲載されていた。読んだ感想は、なんだかなぁ~というもの。カーヴァーの短編集もふーんって感じ。やはり、個人的には、もっとストリー性のあるものが好みかもしれない。たとえば、やはり村上も翻訳しているジョンアービングとかね。カーヴァーの詩集のほうは、これも散文的な詩集なんだけど、詩集を読むのって難しいって感じた次第。

Malcolmとの出会い

5月25日、晴れ、30度。     マルコムは実はこの近くの出身で、2005年の6月11日付けの地元新聞が彼の特集をくみ、彼の両親も訪ねて紹介されたのがきっかけ。記事を読んで、スバラシイ!と直感。そして、彼はホモに違いないとかいう私の同僚達のイイガカリも無視して、ご両親経由のファンレターも出した。その後は、かれのhpから過去の記事を読みあさり、時々Eメールを送ったりする。一時は、彼に立派な英語でファンレターを書けるようにと、文法、単語にも気をつけかなり精読した時期もある。周りにも、かなり強引に読んでーと薦めたが、読んでくれたのは、2人くらいかな。地元記者にも感謝のメールを送り、その後、何度かのメールでの交流。彼は、この記事でカナダ新聞の何かの賞にも推薦されたくらい、受賞は逃したけれど。その後は、あることから、ご両親経由で本にサインももらい、彼の自宅も発見(そこが、自宅と信じている)。時々、ジャスミンとのドライブで通ったりするけれど、まだ、誰も見かけたことなし。ふん、サインよりも、直接会いたいのよ、と思ったけれど、時々ページを開くとなんともニンマリする。実は数週間前、マルコムからメールの返信があり、嬉々としたのも束の間、メールを開いて、絶対にこれはマルコムの書いたものではないと判断し、マルコムはそんな書き方しない、マルコムじゃないでしょって返信。その後は音沙汰なしであーる。

Malcolm Gladwell のおっかけ

5月23日。2005年6月11日以来、マルコムグラッドウェルのおっかけっぽいことをしている。マルコムはニューヨークの週刊誌、The New Yorker に定期的に記事を書くジャーナリスト。2000年に出版したティッピングポイントが世界的なベストセラー、そして2005年に2冊目の「Blink]を出版し、元アメリカ国務長官だったコリンパウエルらと席を並べて講演をするくらいの売れっ子になっている。彼の講演会への参加費はなんと2-3,000ドル。参加できるわけなし。ということで、毎年秋に行われるニューヨーク市民向けのニューヨーカーフェスティバルでマルコムの講演を聞きに行きたい(というより会いたい!)、と願っているけれど、これが競争率が激しくて、去年も即座に売り切れ。なんたって、これは格安25ドルという参加費。。今年も10月にやってくるけれど、ダメだろうなぁ。私のマルコム追っかけ記は次回の日記ということで、とりあえず。興味のある方はビデオクリップをみてみて。これは、今月開催されたニューヨーカーコンフェレンスからのもの。http://www.newyorker.com/online/2007/conference/conference2007でGenius2012とMusicIntelligence2012で。これであなたもマルコムのファンに!!

「死と生をめぐる思索」、香原志勢、を読む

5月22日、この週末はビクトリア女王のお誕生日で3連休。畑の準備と雑草とりで手足がイタイ。気温22度くらい。人類学者という立場でGHQでの戦死者の個人識別という仕事と、戦前、戦中、戦後を通しての「死」と「生」の思索。科学者として「死」を客観的に見つめつつ、その時代と家族の「死」を通して「生」を思索する。そして、今老いの訪れの中で「死」の足音を身近に感じている著者。疎開せず東京に残った戦中戦後の混乱期の話は、極限に近いものがある。ありきたりだけれど、高度成長という豊かな時代に生まれ育った自分がなんと幸運だったかと思った。コワイ話かと思ったけれど、さすが科学者。淡々と書いています。最近、晩節を汚さずして生きるという言葉に出会い、つまりどういうことだったっけと考えた。これは、後30分遅かったら、間に合いませんでしたよと言われたという人の手紙にあったものである。また、かれこれ10年前くらいになるが、東京の職場で一緒に仕事をした先生の奥様が先立たれた。その時の先生の手紙に、とってもつらいけれど、頑張って生きていかなくては、と書かれていた。先生自身も脳梗塞で倒れ、障害が残っているのに、その生きぬくことの強い意志を感じ、心から感動したのを覚えている。

走り去ったジャスミン(でも大丈夫)

昨日は、恒例のポーランド人のZの誕生日で、農場散策。ジャスミンとディンゴも元気に走り回り、小川のせせらぎの音に心洗われた1日でした。美しい馬、あひる、にわとり、そして、うさぎだ、ねこだ、と盛りだくさんの家族。今年は、豚の姿焼きではなく、野球のグローブサイズのステーキ。夜は、ギターにアコーデオン、カラオケならぬ、歌声喫茶の雰囲気。焚き火をかこみ、花火をあげたのだけど、音に驚いたジャスミン。ディンゴはそこにいるのに、あれいないと思って見渡すと、お客人の一人が、あっちに走っていってるよって。確かに、ジャスミンのふわふわの後姿が見えるではありませんか。まったく、臆病なんだから、と思ってブラブラ追いかけると、姿を見失ってしまい、納屋に入り込んで、鶏と一緒になっているのかと思いきや、いない。Zも探してくれたら、なんと、道路を渡って、おむかえの家の農地をさらに走り続けるありさま。そうねぇ、焚き火の場所から、300メートルくらいかしら。Zに首ねっこつかまれて、無事一緒に道を渡って帰ってきました。その後は、ずっと首輪につなげられていたジャスミンでした.

Saturday, May 12, 2007

村上春樹「海辺のカフカ」を読む

Moon Palace, Paul Auster の読後、村上春樹の「海辺のカフカ」に移り、読み終える。そして、今日、早速カフカの小説、短編集を図書館から借りてきたところ。「海辺のカフカ」と同時並行して、What we talk about when we talk about love, Raymond Carver。1974年に出版されたもので、村上春樹も翻訳している。One of the true contemporary masters というブックレビュー。確かに日常生活における描写をちょっとした不思議な感覚で書かれているという感じ。短編集で、もう少し読んでみないとなんともいえない。カフカは読めるだろうか。。。。

ウディアレンの映画が好きだ。今日はまたまたScoopを借りて観たところ。Match Pointも英国の上流社会に入り込むアメリカ人が中心人物。Merinda Merinda もよかった。でも、今のところ、マンハッタンが一番好きかな。

新緑が一斉に芽吹いたところ。この週末気温が24度くらいに上がるという予報だったけれど、今日も明日も16度くらいとのことで肌寒い。今晩霜が降りるかもしれないという予報。