Malcolm が5月12日にこの地元で新しく建てられるコミュニティー健康管理センターの寄付金集めのための講演をしていた。。。150ドルの講演プラス夕食会。
旧隣人を夕食に招いた時、おばさんがそんな話をしていたのだけど、なんとなく真剣味に欠けて聞いていたのよね。メノナイト系の健康管センターのために彼が講演するなんてしっくりいかなかったから。。。
12日は母の日開けの月曜日。母の日と父の日には里帰りするのかもしれない。去年マルコムに会ったのも大学から名誉博士号を受けた時でもあったけれど、父の日の休日だった。
日本におけるマルコム研究一人者としては、失策。面目なし。。そして、、とてもがっかり。。。他に誰も教えてくれなかったのね。。。
Saturday, May 24, 2008
Frank Lyod Wright はやはり天才だ!
シカゴでフランクロイドライトの自宅兼スタジオと当時の自転車製造会社のFrederick Robieの依頼を受けてデザインしたRobieHouseを見学した。全くの野っ原で馬車が通っていた時代の1899年と1902年に造られた家。21世紀の今に見ても、全く違和感なしのシンプルでモダンな建物である。そして、こんな家に住みたいと思わせる住宅建築。フランクロイドは日本では、帝国ホテルと聖心女子大学の建築を手がけた。
住宅建築においては、ローカルの素材を使い、自然と調和する。フランクロイドの自宅には木の幹が家の中を通る。あえて切断しなかったのである。絵は飾らずステンドグラスで囲まれた家。そのガラス戸から広がる野原をみわたす。住宅、そしてその部屋の本来の目的を明確にし、無駄を省いたデザインは素晴らしい。家具も彼のデザインのもや作り付けのもの。それ以上のものはいらないということらしい。すわり心地の悪そうなダイニングの椅子は、そこに家族が座るとそれぞれが額縁の中に納まる形となる。
次は有名なペンシルバニアにあるウォーターハウスを見に行きたい。
住宅建築においては、ローカルの素材を使い、自然と調和する。フランクロイドの自宅には木の幹が家の中を通る。あえて切断しなかったのである。絵は飾らずステンドグラスで囲まれた家。そのガラス戸から広がる野原をみわたす。住宅、そしてその部屋の本来の目的を明確にし、無駄を省いたデザインは素晴らしい。家具も彼のデザインのもや作り付けのもの。それ以上のものはいらないということらしい。すわり心地の悪そうなダイニングの椅子は、そこに家族が座るとそれぞれが額縁の中に納まる形となる。
次は有名なペンシルバニアにあるウォーターハウスを見に行きたい。
Thursday, May 22, 2008
コンドミニアムの年次報告会
5月22日、晴れ、寒い。最高気温はわずかに11度。週末は23度くらいになるらしい。
昨日の夜、コンドの年次総会が夜7時半からあり参加した。60-70人くらい参加していただろうか。住人の約6割の参加者と委任状受け取り数で会議は成立。予想反せず、参加した99%は老人で、30代と思われるカップルが一組。会議開始と同時に、マーガレットというご夫人が、すっと手を上げ、「私のために皆と違う楽な椅子を用意してくれてどうもありがとう」の一言。彼女は歩行補助機でご主人とやってきた。会議が順調に進むかと思いきや、質疑応答の時間で私の隣に座っていたおじいさんが、立ち上がりマイクに向かって歩き、この無駄遣いはけしからん、プールの補修をお願いしたのに、理事会メンバーは何もしなかった等々、日頃の鬱憤を晴らすがごとく、まとまりないながらも発言。結局、理事から、「でも、もう直ったんだからいいじゃないか、まぁ、お座りなさい」と言われ、発言者のおじいさん、ぷいと怒って会場から出て行ってしまった。あらら、なるほど、老人ホームで些細な事から殺人に繋がる事件があることをちらりと脳裏をかすめる。いくつになっても楽しく生きていくということは大変なようだ。
築17年のこのコンド。やはり大なり小なり問題はある。今回理事会メンバーの選挙ということで、新人一人(同じ階のゲイのジョン)と現職の二人が立候補。すんなりと現職の二人が再任となった。再任の二人は80歳近いと思われる。もちろん、まだまだ頭脳明晰、元気なのだが、50代60代前半の若干若者としては、老人ホームのなぁなぁもいいけれど、ここで心機一転するべきではないかと感じているようだ。
会議は30分で終わり、そのあとワインやビール、サンドイッチにシュリンプカクテル、フルーツ、お菓子と並べられ、歓談の時間。マーガレットも、ワイン片手にしながら、ゲイのジョンに向かって私に言い寄っても無駄よなんていって皆を笑わせていた。ちなみにマーガレットは85歳か90歳に近いと思われる映画タイタニックのローズ役のおばあさんに似たご夫人である。
昨日の夜、コンドの年次総会が夜7時半からあり参加した。60-70人くらい参加していただろうか。住人の約6割の参加者と委任状受け取り数で会議は成立。予想反せず、参加した99%は老人で、30代と思われるカップルが一組。会議開始と同時に、マーガレットというご夫人が、すっと手を上げ、「私のために皆と違う楽な椅子を用意してくれてどうもありがとう」の一言。彼女は歩行補助機でご主人とやってきた。会議が順調に進むかと思いきや、質疑応答の時間で私の隣に座っていたおじいさんが、立ち上がりマイクに向かって歩き、この無駄遣いはけしからん、プールの補修をお願いしたのに、理事会メンバーは何もしなかった等々、日頃の鬱憤を晴らすがごとく、まとまりないながらも発言。結局、理事から、「でも、もう直ったんだからいいじゃないか、まぁ、お座りなさい」と言われ、発言者のおじいさん、ぷいと怒って会場から出て行ってしまった。あらら、なるほど、老人ホームで些細な事から殺人に繋がる事件があることをちらりと脳裏をかすめる。いくつになっても楽しく生きていくということは大変なようだ。
築17年のこのコンド。やはり大なり小なり問題はある。今回理事会メンバーの選挙ということで、新人一人(同じ階のゲイのジョン)と現職の二人が立候補。すんなりと現職の二人が再任となった。再任の二人は80歳近いと思われる。もちろん、まだまだ頭脳明晰、元気なのだが、50代60代前半の若干若者としては、老人ホームのなぁなぁもいいけれど、ここで心機一転するべきではないかと感じているようだ。
会議は30分で終わり、そのあとワインやビール、サンドイッチにシュリンプカクテル、フルーツ、お菓子と並べられ、歓談の時間。マーガレットも、ワイン片手にしながら、ゲイのジョンに向かって私に言い寄っても無駄よなんていって皆を笑わせていた。ちなみにマーガレットは85歳か90歳に近いと思われる映画タイタニックのローズ役のおばあさんに似たご夫人である。
Wednesday, May 21, 2008
シカゴに行ってきた 5月16日~5月20日
シカゴを舞台にした映画を思い浮かべると、アルカポーネのギャングスター物(題名が思い出せない)、ポーランド人のおばさんから安アパートを借りる場面のあるハリソンフォードの「逃亡者」も、ポーランド国内についでポーランド人人口の多いシカゴだったように思う。"Harry met Sally"は、シカゴ大学卒業から話が始まったような。比較的最近のものではリチャードギアの「シカゴ」か。
1871年にシカゴ大火災で街は全焼。これを機に木造建設は禁止となり、シカゴ建築史が紐解かれる事となる。1873年、米騒動なるパン騒動に引き続き、鉄道労働者の8時間勤務体制要求ストライキ。警察が労働者を殺害したことから、爆弾爆発など暴動となり、4人が処刑される。これは、アメリカ史の中でも、最悪の正義に反した判決となったそうだ。文化面では1879年に美術館開設、1890年にはシカゴ交響楽団、シカゴ大学の設立となる。勢いにのって1893年に国際見本市が開催される。白い大理石で造られた見本市会場には2千500万人の入場者を迎えるが、終了後、経済停滞の空気を感じてか、建物は無残にも破壊され社会秩序の安定を欠いたそうな。1914年までにヨーロッパからの移民、そして綿花栽培の機械化によりアメリカ南部から大量の黒人が流れてきた。1910年に1.4万人だった黒人人口が1920年代初頭には11万人に膨れ上がる。人種差別が生まれ、禁酒法の時代を迎え、アルカポーネの時代となるわけである。
多くの都市がそうであるように、経済成長を伴う都市の発展とともに、社会格差は広がる。この様子は、大学受験に向けて一握りの優等生だけをぐいぐいと引っ張り、大半を占める他学生を無視して落ちこぼれとしていくどこかの教育制度に似ているような。そのしわ寄せは様々な形で現れる。どんな状況においてもバランスを保つというのは難しい事である。
シカゴのあるイリノイ州やインディアナ州は中西部と呼ばれる(mid west) 。西部開拓前、東部からみると確かに中西部なのだろう。でも、時にこの中西部という呼称は皮肉っぽく、閉鎖的な田舎者を示唆する事もある。トロントにいるいとこの妹がインディアナに住んでいる。その妹のことを、「あのこったら、最近なんだかあの中西部の田舎者の雰囲気を漂わせるようになって嫌だわ。マンハッタンが危ない何ていうの」といった調子。シカゴに行くにはミシガンを横断していく。ミシガンの店員が笑顔で対応してくれるのに対し、確かにシカゴの店員は無愛想かもしれない。発音もかなりアクセントが強いしねぇ。
1871年にシカゴ大火災で街は全焼。これを機に木造建設は禁止となり、シカゴ建築史が紐解かれる事となる。1873年、米騒動なるパン騒動に引き続き、鉄道労働者の8時間勤務体制要求ストライキ。警察が労働者を殺害したことから、爆弾爆発など暴動となり、4人が処刑される。これは、アメリカ史の中でも、最悪の正義に反した判決となったそうだ。文化面では1879年に美術館開設、1890年にはシカゴ交響楽団、シカゴ大学の設立となる。勢いにのって1893年に国際見本市が開催される。白い大理石で造られた見本市会場には2千500万人の入場者を迎えるが、終了後、経済停滞の空気を感じてか、建物は無残にも破壊され社会秩序の安定を欠いたそうな。1914年までにヨーロッパからの移民、そして綿花栽培の機械化によりアメリカ南部から大量の黒人が流れてきた。1910年に1.4万人だった黒人人口が1920年代初頭には11万人に膨れ上がる。人種差別が生まれ、禁酒法の時代を迎え、アルカポーネの時代となるわけである。
多くの都市がそうであるように、経済成長を伴う都市の発展とともに、社会格差は広がる。この様子は、大学受験に向けて一握りの優等生だけをぐいぐいと引っ張り、大半を占める他学生を無視して落ちこぼれとしていくどこかの教育制度に似ているような。そのしわ寄せは様々な形で現れる。どんな状況においてもバランスを保つというのは難しい事である。
シカゴのあるイリノイ州やインディアナ州は中西部と呼ばれる(mid west) 。西部開拓前、東部からみると確かに中西部なのだろう。でも、時にこの中西部という呼称は皮肉っぽく、閉鎖的な田舎者を示唆する事もある。トロントにいるいとこの妹がインディアナに住んでいる。その妹のことを、「あのこったら、最近なんだかあの中西部の田舎者の雰囲気を漂わせるようになって嫌だわ。マンハッタンが危ない何ていうの」といった調子。シカゴに行くにはミシガンを横断していく。ミシガンの店員が笑顔で対応してくれるのに対し、確かにシカゴの店員は無愛想かもしれない。発音もかなりアクセントが強いしねぇ。
Saturday, May 10, 2008
ピアノのお稽古とちょっとプレッシャー
ピアノの練習は毎日やるに越した事はないのだが、週日は仕事で、8時くらいまで残業していると、夜になって弾くのは隣人の手前気が引けるし、精神的にも余裕がない。そうなると弾くのはだいたい土曜日の午前中である。かなりがんがんと怒り狂ったように(?)2時間くらい弾くことも。おもしろいもので、弾く事を楽しめる時もあるし、弾いてストレス発散できるときもあるけれど、なんだか集中できず、1分もひいて気分がのらな~いと挫折することも多々ある。
先週はお隣のアンジェリーナとラムジィが、あなたのピアノをとても楽しんでいるのよという。手をやすめて聞くこともあるわと。。。今日、朝外を走って、サウナに入り(これは一週間のうちで最上のひと時である)、その後、新聞を取りに行くと、同じ階の南側のお部屋にすむデボラおばさんに遭遇。そして、あなたのピアノをとても楽しみにしているの、土曜日の午前中にしか弾かないのね、といわれた。デボラおぱさんいわく、彼女のご主人はエレベーターのボタンを押そうとする時に私のピアノが聞こえると、しばらく押すのをひかえるくらいよと。。。玄関ロビーでは、家族の迎えを待つらしいジムというおじいさんにもデボラおばさんから、この方はピアノを弾いて、私達を楽しませてくれるのよと紹介してくれた。ちょっと耳の遠いらしいジムおじいさん、ほぉ、あなたはどこのお国の出身ですか?なんて聞かれた。
自分のピアノが下手なことを十分に承知している私としては、なんとなくピアノを弾くのが気が重くなった次第である。。。
先週はお隣のアンジェリーナとラムジィが、あなたのピアノをとても楽しんでいるのよという。手をやすめて聞くこともあるわと。。。今日、朝外を走って、サウナに入り(これは一週間のうちで最上のひと時である)、その後、新聞を取りに行くと、同じ階の南側のお部屋にすむデボラおばさんに遭遇。そして、あなたのピアノをとても楽しみにしているの、土曜日の午前中にしか弾かないのね、といわれた。デボラおぱさんいわく、彼女のご主人はエレベーターのボタンを押そうとする時に私のピアノが聞こえると、しばらく押すのをひかえるくらいよと。。。玄関ロビーでは、家族の迎えを待つらしいジムというおじいさんにもデボラおばさんから、この方はピアノを弾いて、私達を楽しませてくれるのよと紹介してくれた。ちょっと耳の遠いらしいジムおじいさん、ほぉ、あなたはどこのお国の出身ですか?なんて聞かれた。
自分のピアノが下手なことを十分に承知している私としては、なんとなくピアノを弾くのが気が重くなった次第である。。。
アンジェリーナとラムジィ
晴れ、最高気温20度。ガソリンついにリッター当たり1ドル25セント
先週の日曜日の朝、突然、お隣のアンジェリーナおばさんがノックノック。絨毯を取り除いて板の間張替えがやっとすんだからお茶でもいかがとのお誘い。
彼らの部屋は北西に面している角部屋で大きな窓から半パノラマの景観が楽しめる。調度品は高級なものばかりで、壁にかかったシルクのペルシャ絨毯はそれはそれは一枚完成するのに5年はかかったという代物。本物の見分け方のコツまで教わった。
レバノン人の二人は、レバノンを離れサウジアラビアにいた頃、上の二人の子供をアメリカの大学で勉強させていたという。戦火の耐えないレバノンでの人生はあきらめていたようだ。レバノンというと遠い国の気がするけれど、二人は、我々は気持ちの優しい同じアジア人よ、という。確かにとても人懐こく、北米人のそれとはまた感じが違う。そして二人はかなりのインテリでもある。日本にも行っていて、日本びいきのよう。
おじさんはエンジニアで、我々一住人がやるべき部屋の修理点検のことも実演でやってくれた。洗濯機のあるスペースの壁には工具がずらりとそれはそれは整然と並べられ、今度は私の部屋に来てもらって修理点検指導してもうことに。これで、私は何があっても大丈夫である。こうしたことに全く音痴な私としては、ウレシイ限り。
この時、おばさんの出してくれた濃いターキッシュコーヒーが本当においしかった
先週の日曜日の朝、突然、お隣のアンジェリーナおばさんがノックノック。絨毯を取り除いて板の間張替えがやっとすんだからお茶でもいかがとのお誘い。
彼らの部屋は北西に面している角部屋で大きな窓から半パノラマの景観が楽しめる。調度品は高級なものばかりで、壁にかかったシルクのペルシャ絨毯はそれはそれは一枚完成するのに5年はかかったという代物。本物の見分け方のコツまで教わった。
レバノン人の二人は、レバノンを離れサウジアラビアにいた頃、上の二人の子供をアメリカの大学で勉強させていたという。戦火の耐えないレバノンでの人生はあきらめていたようだ。レバノンというと遠い国の気がするけれど、二人は、我々は気持ちの優しい同じアジア人よ、という。確かにとても人懐こく、北米人のそれとはまた感じが違う。そして二人はかなりのインテリでもある。日本にも行っていて、日本びいきのよう。
おじさんはエンジニアで、我々一住人がやるべき部屋の修理点検のことも実演でやってくれた。洗濯機のあるスペースの壁には工具がずらりとそれはそれは整然と並べられ、今度は私の部屋に来てもらって修理点検指導してもうことに。これで、私は何があっても大丈夫である。こうしたことに全く音痴な私としては、ウレシイ限り。
この時、おばさんの出してくれた濃いターキッシュコーヒーが本当においしかった
Wednesday, April 16, 2008
"Love in the Time of Cholera", Garcia Marquez を読む
晴れ、最高気温16度。金曜日は20度に。。ガソリン代高騰。リットル当たり1.17ドル
100年の孤独を読むつもりがガルシアマルケスの最新作になってしまった。映画にもなった作品で昨年末あたりに公開されたような。
身分の違うプラトニックの恋。フェルミナは父親の希望どおりに医師と結婚、フロレンティーノはフェルミナのことを忘れる事が出来ず独身のまま過ごすが、もちろんその間、多くの情事が。。そしてフロレンティーノがフェルミナに恋した日から、51年9ヶ月と4日の月日が流れ、フェルミナの夫の死を契機に、70歳を超えた二人の愛が再燃する。
なんだかわからないでもないです。わたしも、なんとなくありえない話じゃないという気も..。昔思いを寄せた人に、80歳になってから会って、その時お互いに一人モンだったら。。。って(う~ん、二人くらい脳裏をよぎる....)。=(一人ではなく、二人というところに私のテキトーさがでているなぁ。。。)
100年の孤独を読むつもりがガルシアマルケスの最新作になってしまった。映画にもなった作品で昨年末あたりに公開されたような。
身分の違うプラトニックの恋。フェルミナは父親の希望どおりに医師と結婚、フロレンティーノはフェルミナのことを忘れる事が出来ず独身のまま過ごすが、もちろんその間、多くの情事が。。そしてフロレンティーノがフェルミナに恋した日から、51年9ヶ月と4日の月日が流れ、フェルミナの夫の死を契機に、70歳を超えた二人の愛が再燃する。
なんだかわからないでもないです。わたしも、なんとなくありえない話じゃないという気も..。昔思いを寄せた人に、80歳になってから会って、その時お互いに一人モンだったら。。。って(う~ん、二人くらい脳裏をよぎる....)。=(一人ではなく、二人というところに私のテキトーさがでているなぁ。。。)
Tuesday, April 08, 2008
旧隣人の引越し
16度。今夜は雷雨の予報。
3月大雪の土曜日に夕食にお招きした旧隣人から電話があり、実は同じコンドに引っ越す事になったのよ、と言われ、二人で大笑い。
おじさんが引越しをかなり本気で考えていたことは知っていたけれど、おばさんは35年住み慣れた家の片付けを考えただけでも腰が重いわ。。と言っていたから、こんなに事が進んでいるなんて全く知らなかった。
それでも、実は先々週末、近くを通ったところ、ちらりと住宅売りの看板が出ているのをみてびっくり。おばさんを説得していよいよ行動に出たんだなぁくらいに思っていた。そして、新居は決まったのかしら。。と。
でも、タイミングというのかなぁ。実は、おじさんとおばさんを夕食に招いた翌週、ここの掲示板に不動産屋仲介なしの個人のコンド売り情報が張られて、それを見て、早速おばさんに電話した私。15階でかなりモダンに改装したということで、ちょっと対象外かもしれないけれど、私のところの2倍の広さのようだし興味がてら見てみたらと。 そしたら、なんとそこに決めてしまったのいうのだから、もうおかしくて笑いが止まらなかった。おじさんは、また隣人になるかもしれないよ、なんて結構確信をもって言っていた一方(夕食の時はそんな売りがでるとは思いもよらなかったけれど)、おばさんは、2階以上のところに住むんなてなんだかいやだわ。。。という発言をしていたし。
でも、私の時もそうだったけれど、相性というか、決まる時にはあっという間に物事が決まるもの。
現在、おじさんは、去年の竜巻被害の救援活動のためカンサス州に4月の末まで行っている。今後もおじさんのこうした活動やおばさんと二人での旅行等、家をあけることが多い。退職後の人生をエンジョイするそのためにも、気軽に留守に出来るコンドミニアムを探していたわけだ。
5月中旬にこちらのコンドに入居、6月に家を手放すという計画らしい。今度はおむかえじゃなくて、上下でお隣さんになるわね、、というのはおばさんの弁。
3月大雪の土曜日に夕食にお招きした旧隣人から電話があり、実は同じコンドに引っ越す事になったのよ、と言われ、二人で大笑い。
おじさんが引越しをかなり本気で考えていたことは知っていたけれど、おばさんは35年住み慣れた家の片付けを考えただけでも腰が重いわ。。と言っていたから、こんなに事が進んでいるなんて全く知らなかった。
それでも、実は先々週末、近くを通ったところ、ちらりと住宅売りの看板が出ているのをみてびっくり。おばさんを説得していよいよ行動に出たんだなぁくらいに思っていた。そして、新居は決まったのかしら。。と。
でも、タイミングというのかなぁ。実は、おじさんとおばさんを夕食に招いた翌週、ここの掲示板に不動産屋仲介なしの個人のコンド売り情報が張られて、それを見て、早速おばさんに電話した私。15階でかなりモダンに改装したということで、ちょっと対象外かもしれないけれど、私のところの2倍の広さのようだし興味がてら見てみたらと。 そしたら、なんとそこに決めてしまったのいうのだから、もうおかしくて笑いが止まらなかった。おじさんは、また隣人になるかもしれないよ、なんて結構確信をもって言っていた一方(夕食の時はそんな売りがでるとは思いもよらなかったけれど)、おばさんは、2階以上のところに住むんなてなんだかいやだわ。。。という発言をしていたし。
でも、私の時もそうだったけれど、相性というか、決まる時にはあっという間に物事が決まるもの。
現在、おじさんは、去年の竜巻被害の救援活動のためカンサス州に4月の末まで行っている。今後もおじさんのこうした活動やおばさんと二人での旅行等、家をあけることが多い。退職後の人生をエンジョイするそのためにも、気軽に留守に出来るコンドミニアムを探していたわけだ。
5月中旬にこちらのコンドに入居、6月に家を手放すという計画らしい。今度はおむかえじゃなくて、上下でお隣さんになるわね、、というのはおばさんの弁。
Sunday, April 06, 2008
HDメットオペラ:ラボエームを観る
晴れ、気温14度。雪解けが進み川の水位がぐっと上がる。月曜日と火曜日は最高気温17度の予報
映画「ムーンストラック」でのNYメットのオペラシーンがこのプッチーニのラボエームで、パン職人のローニーの部屋でレコードから流れる音楽もラボエームである(ポスターも貼ってある)。聞き覚えのあるメロディが次々と流れ、感情の盛り上がりを情熱的に表現する感動のオペラだった。メットでも上演回数の多いオペラの一つと説明された。圧倒される舞台装置とキャストの人数の多さにもびっくり。オペラを見て泣くなんて思いもよらなかったけれど、目が若干潤ったカナ。
今回、映画館に行くと、いつもの4倍くらいの観客で、劇場が半分くらいうまっていてびっくり。いつもの席よりも3列ほど前の席に陣取り、若干、近すぎるくらいの距離での鑑賞となった。トロント市内の映画館では通常2つのスクリーンを使って放映のところ、急遽3スクリーンにし、すぐさまチケットが売り切れたと聞いた。やはり、ラボエームということで観客動員数がぐっと増えたようだ。
今シーズンのメットオペラもあと一回を残すのみ。去年セビリアの理髪師で登場した若きペルー人のテナーの登場である。予告でチラリと彼の声を聞くと、やはり輝きが全然違う。う~ん、楽しみ。
次のシーズンは放映回数を8回から10回に増やすそうだ。
映画「ムーンストラック」でのNYメットのオペラシーンがこのプッチーニのラボエームで、パン職人のローニーの部屋でレコードから流れる音楽もラボエームである(ポスターも貼ってある)。聞き覚えのあるメロディが次々と流れ、感情の盛り上がりを情熱的に表現する感動のオペラだった。メットでも上演回数の多いオペラの一つと説明された。圧倒される舞台装置とキャストの人数の多さにもびっくり。オペラを見て泣くなんて思いもよらなかったけれど、目が若干潤ったカナ。
今回、映画館に行くと、いつもの4倍くらいの観客で、劇場が半分くらいうまっていてびっくり。いつもの席よりも3列ほど前の席に陣取り、若干、近すぎるくらいの距離での鑑賞となった。トロント市内の映画館では通常2つのスクリーンを使って放映のところ、急遽3スクリーンにし、すぐさまチケットが売り切れたと聞いた。やはり、ラボエームということで観客動員数がぐっと増えたようだ。
今シーズンのメットオペラもあと一回を残すのみ。去年セビリアの理髪師で登場した若きペルー人のテナーの登場である。予告でチラリと彼の声を聞くと、やはり輝きが全然違う。う~ん、楽しみ。
次のシーズンは放映回数を8回から10回に増やすそうだ。
Thursday, April 03, 2008
ジョゼフ(ユーゼク)
晴れ、最高気温7度。日曜日は14度になる予報。
ジョゼフ(ユーゼフ)が英国で心臓発作で亡くなったいた。享年63歳、腕利きの家具造り職人だった。
中学を出てから親類の家具職人見習として始めたらしい。30代でカナダに渡り、品質の良い家具造りで生計をたて、弟も彼を頼ってカナダにやってきた。私達とであったのは彼が40歳位の時だったと思う。その頃、弟の方は、妻も子供もいて移民としての生活を築き始めていたのに対し、ジョゼフは相変わらす、移民の資格を得るために弁護士に大金を払い続けているという有様。そして、残りの収入の使い道はポーランドにいる家族への仕送りと毎日の飲み代。ジョゼフとの写真を見ると、いつも乾杯していて背景にミニクリスマスツリーが映っている。知らない人が見るとあたかもクリスマスの時に撮られた写真のように思うけれど、これは日常の一こまに過ぎない(クリスマスツリーは1年365日そこにある)。月曜日1本、火曜日1本、、とウォッカのビンがソファの横に並ぶ。お金目当てのようなガールフレンドも入れ替わり立ち代り。皆が忠告しても、気にせず。
毎日ほこりにまみれて仕事し、家に帰って飲んで、ベットの中でテレビをみながら、酔いつぶれて朝を迎えるという生活パターン。彼の人生の後半はこの規則正しい繰り返しだったと思うと複雑な気持ちにならないでもない。。。
カナダでの最後は、ポーランド人街で間借りしていたところ、同居人とトラブル。警察が呼ばれ、身分証明書を求められて即強制送還となった。これが5年ほど前だろうか。その頃には、ポーランドにいる妻は見切りをつけていたらしい。ポーランドに帰っても結局行き場がなかったわけだけれど、その頃タイミングよく(?)ポーランドのEUへの参加とイギリスとの就労協定が結ばれ、英語ができる(ちなみに彼の英語は片言)ということで即イギリスで働き始めたと聞いていた。なんて運のいいことと元亭主と笑っていたものだけど、結局、異国で一人倒れているところを見つけられたのではないかと思うと悲しくなる。
ジョゼフにまつわる話は本当に沢山あり、傑作なのはカナダに見切りをつけアメリカに渡ったときの話。結局、カナダがいいということですぐさま再び国境をこっそり渡る。その時に警察につかまるのだけど、「なんでまたカナダに戻ってきたんだ?」という質問に、I love Canada. と返事したことで無罪放免になってしまった(まるで漫才)。また、共産主義が崩壊し、もう政治移民としての手段も失われ、益々ジョゼフの移民の資格取得が難しくなると、残りはホモセクシュアルであるという手段しかないぞ、、などと言う話で大笑い(ジョゼフがホモセクシュアルなんて不可能、あんなに女好きなんだもの)。。
引越しの時に、ジョゼフの作ってくれた本棚も分解し、今は棚の部分が手元にあるだけ。バナナのようのな大きな指と手が懐かしい。。。合掌。
ジョゼフ(ユーゼフ)が英国で心臓発作で亡くなったいた。享年63歳、腕利きの家具造り職人だった。
中学を出てから親類の家具職人見習として始めたらしい。30代でカナダに渡り、品質の良い家具造りで生計をたて、弟も彼を頼ってカナダにやってきた。私達とであったのは彼が40歳位の時だったと思う。その頃、弟の方は、妻も子供もいて移民としての生活を築き始めていたのに対し、ジョゼフは相変わらす、移民の資格を得るために弁護士に大金を払い続けているという有様。そして、残りの収入の使い道はポーランドにいる家族への仕送りと毎日の飲み代。ジョゼフとの写真を見ると、いつも乾杯していて背景にミニクリスマスツリーが映っている。知らない人が見るとあたかもクリスマスの時に撮られた写真のように思うけれど、これは日常の一こまに過ぎない(クリスマスツリーは1年365日そこにある)。月曜日1本、火曜日1本、、とウォッカのビンがソファの横に並ぶ。お金目当てのようなガールフレンドも入れ替わり立ち代り。皆が忠告しても、気にせず。
毎日ほこりにまみれて仕事し、家に帰って飲んで、ベットの中でテレビをみながら、酔いつぶれて朝を迎えるという生活パターン。彼の人生の後半はこの規則正しい繰り返しだったと思うと複雑な気持ちにならないでもない。。。
カナダでの最後は、ポーランド人街で間借りしていたところ、同居人とトラブル。警察が呼ばれ、身分証明書を求められて即強制送還となった。これが5年ほど前だろうか。その頃には、ポーランドにいる妻は見切りをつけていたらしい。ポーランドに帰っても結局行き場がなかったわけだけれど、その頃タイミングよく(?)ポーランドのEUへの参加とイギリスとの就労協定が結ばれ、英語ができる(ちなみに彼の英語は片言)ということで即イギリスで働き始めたと聞いていた。なんて運のいいことと元亭主と笑っていたものだけど、結局、異国で一人倒れているところを見つけられたのではないかと思うと悲しくなる。
ジョゼフにまつわる話は本当に沢山あり、傑作なのはカナダに見切りをつけアメリカに渡ったときの話。結局、カナダがいいということですぐさま再び国境をこっそり渡る。その時に警察につかまるのだけど、「なんでまたカナダに戻ってきたんだ?」という質問に、I love Canada. と返事したことで無罪放免になってしまった(まるで漫才)。また、共産主義が崩壊し、もう政治移民としての手段も失われ、益々ジョゼフの移民の資格取得が難しくなると、残りはホモセクシュアルであるという手段しかないぞ、、などと言う話で大笑い(ジョゼフがホモセクシュアルなんて不可能、あんなに女好きなんだもの)。。
引越しの時に、ジョゼフの作ってくれた本棚も分解し、今は棚の部分が手元にあるだけ。バナナのようのな大きな指と手が懐かしい。。。合掌。
Friday, March 28, 2008
マルコムからのEメール
晴れ
2週間程前に、久しぶりにマルコムにEメールした。講演会等での話題は多いものの、雑誌ニューヨーカーへの執筆もないし、彼のブログの更新もままならないという今日この頃。マルコムと読者をつなぐものはやはり彼の書くものであって、それがないと非常につまらない。ということで、読者はみんな待っているよってメールしてみた。そうしてら、昨日、メールが。。。。ウフフ
彼が3冊目の本を年明け早々に出版ということで(2007年6月のブログ参照)、その詰めにずっと終われているとのこと。そして、そういってくれて(みんな待っているよって)ありがとうって。うふふふふ。さて、はたまた彼のメールは全て小文字。大文字がない。去年の1月あたりに初めてもらったマルコムのメールと一緒。その時はマルコムじゃないでしょって返答した(2007年1月のグログ)。今回、本当にマルコム???ってこちらも全て小文字で返答してみた。今日、メールをあけると、再びマルコムからメールが。。。昨日の私のメールの15分後に発信。 ”yes”って。
金曜日だというのに会社をでたのが夜の9時過ぎ(ここのところ連日です、そして来年まで続きます。。。)、かなり疲れてアタマに来て帰ったところにこのメール。もう、疲れも怒りなにもかも吹っ飛びました!
日本でのマルコム研究の第一人者と自称している私。早く彼の3冊目を読みたーい。
2週間程前に、久しぶりにマルコムにEメールした。講演会等での話題は多いものの、雑誌ニューヨーカーへの執筆もないし、彼のブログの更新もままならないという今日この頃。マルコムと読者をつなぐものはやはり彼の書くものであって、それがないと非常につまらない。ということで、読者はみんな待っているよってメールしてみた。そうしてら、昨日、メールが。。。。ウフフ
彼が3冊目の本を年明け早々に出版ということで(2007年6月のブログ参照)、その詰めにずっと終われているとのこと。そして、そういってくれて(みんな待っているよって)ありがとうって。うふふふふ。さて、はたまた彼のメールは全て小文字。大文字がない。去年の1月あたりに初めてもらったマルコムのメールと一緒。その時はマルコムじゃないでしょって返答した(2007年1月のグログ)。今回、本当にマルコム???ってこちらも全て小文字で返答してみた。今日、メールをあけると、再びマルコムからメールが。。。昨日の私のメールの15分後に発信。 ”yes”って。
金曜日だというのに会社をでたのが夜の9時過ぎ(ここのところ連日です、そして来年まで続きます。。。)、かなり疲れてアタマに来て帰ったところにこのメール。もう、疲れも怒りなにもかも吹っ飛びました!
日本でのマルコム研究の第一人者と自称している私。早く彼の3冊目を読みたーい。
Sunday, March 23, 2008
メットオペラ:トリスタンとイゾルデを観る!
3月23日、イースター休暇で金曜日から3連休。晴れの良い連休でした。金曜日の夜はマイナス13度。今日は日中散歩する。
昨日のトリスタンとイゾルデはハプニングなく無事終わりました。2幕目では、ソプラノとオーケストラのパワーに押され、テナーの声が余り聞こえないなぁ、なんて思ったけれど、3幕目は殆どテナーの一人舞台。イゾルデのメイドのメゾソプラノが1幕で輝いていました。やっぱりワーグナーだなぁと感じた次第。少人数の登場人物で歌い手の力を思う存分試すという感じ。最後に至るまでにはすっかり圧倒されていました。
先にも書いたようにオープニングからハプニング続きだったこのオペラ。ソプラノのインタビューによると、4人のテナーとは、全くリハーサルがなく、すべて初対面でのラブシーンとなったらしい(2幕目)。突然のメットデビューとなったロバートディーンスミスは、3月14日にメットから連絡を受け木曜日の20日にベルリンからニューヨーク入り。20,21日とピアノリハーサルのみで、土曜日当日初めて舞台装置に足を踏み入れたとのこと。日曜日には、再びベルリンでの舞台のためヨーロッパへ。本人、2009年の12月にメットでデビューする予定だったらしいが、思わぬ早期デビューとなったわけです。
舞台装置はまたまたメットならではの深い奥行きと高い天井を利用したもの。でも歌い手にとっては大変な舞台装置だったと思う。なるほど、先の公演でテナーがひっくり返ったわけがわかりました。なんと、舞台に傾斜がついているのです。メイド役のミッシェルは、今日は、蛋白質の高い良質の朝食を食べて、舞台にそなえ、休憩にはプロティン入りジュースを飲んで臨んでいます、なんていうくらいの5時間に及ぶ大変なオペラなのに、それに加えて、屋根の傾斜の上で歌うような舞台にはそれはそれはお疲れのことだったと思う。ちょっと、歌い手のことも考えたら・・・なんてチラリと思うでもなし。ちなみに、照明は素晴らしかった。。。
男達のヘアスタイルはなんとお相撲さんのマゲスタイル。テナーのロバートは誰かに似ていると思っていたら、元横綱千代の富士でした。
昨日のトリスタンとイゾルデはハプニングなく無事終わりました。2幕目では、ソプラノとオーケストラのパワーに押され、テナーの声が余り聞こえないなぁ、なんて思ったけれど、3幕目は殆どテナーの一人舞台。イゾルデのメイドのメゾソプラノが1幕で輝いていました。やっぱりワーグナーだなぁと感じた次第。少人数の登場人物で歌い手の力を思う存分試すという感じ。最後に至るまでにはすっかり圧倒されていました。
先にも書いたようにオープニングからハプニング続きだったこのオペラ。ソプラノのインタビューによると、4人のテナーとは、全くリハーサルがなく、すべて初対面でのラブシーンとなったらしい(2幕目)。突然のメットデビューとなったロバートディーンスミスは、3月14日にメットから連絡を受け木曜日の20日にベルリンからニューヨーク入り。20,21日とピアノリハーサルのみで、土曜日当日初めて舞台装置に足を踏み入れたとのこと。日曜日には、再びベルリンでの舞台のためヨーロッパへ。本人、2009年の12月にメットでデビューする予定だったらしいが、思わぬ早期デビューとなったわけです。
舞台装置はまたまたメットならではの深い奥行きと高い天井を利用したもの。でも歌い手にとっては大変な舞台装置だったと思う。なるほど、先の公演でテナーがひっくり返ったわけがわかりました。なんと、舞台に傾斜がついているのです。メイド役のミッシェルは、今日は、蛋白質の高い良質の朝食を食べて、舞台にそなえ、休憩にはプロティン入りジュースを飲んで臨んでいます、なんていうくらいの5時間に及ぶ大変なオペラなのに、それに加えて、屋根の傾斜の上で歌うような舞台にはそれはそれはお疲れのことだったと思う。ちょっと、歌い手のことも考えたら・・・なんてチラリと思うでもなし。ちなみに、照明は素晴らしかった。。。
男達のヘアスタイルはなんとお相撲さんのマゲスタイル。テナーのロバートは誰かに似ていると思っていたら、元横綱千代の富士でした。
Saturday, March 22, 2008
メットオペラ:トリスタンとイゾルデ
晴れ、
今日はこれから待望のオペラ。ワーグナーのトリスタンとイゾルデと聞いただけでゾクゾクする。なんと、時間を確認したらいつもは1時半開始なのに今日は12時半開始で延々6時間弱という長編だということに気づいた(よかった、時間を確認して。。。)
前回のピーターグライムは、漁村を背景とした華やかさの全くないオペラだった。かなりテナーの力量もためされるものだったらしいけれど、ニューヨーカーマガジンの批評によると、メットでは20年ぶりくらいの上演で、今回のオープニングにあたっても空席が目立ったらしい。
今日のトリスタンとイゾルデも、ちょっとハプニング続きらしい。カナダ人テナーベンハップナーがウィルスにやられて、オープニングを含む最初の4公演で歌えず、彼の代理はかなりの酷評を得たとのこと。他にも、舞台装置からテナーがすべって、異例の途中休憩となり、テナーの無事を確認してからの再開。メットデビューのソプラノ歌手は緊張のためか(?)、ニ幕目で不調を訴えて代理(メットデビューをはたす)をたてるという有様だったらしい。ということで、先週の金曜日は3人目のテナーと代理のソプラノでの公演だったよう。今日の公演はトリスタン役では初めてメットで歌うというロバートディーンスミス。どうなる事か、ワクワク
今日はこれから待望のオペラ。ワーグナーのトリスタンとイゾルデと聞いただけでゾクゾクする。なんと、時間を確認したらいつもは1時半開始なのに今日は12時半開始で延々6時間弱という長編だということに気づいた(よかった、時間を確認して。。。)
前回のピーターグライムは、漁村を背景とした華やかさの全くないオペラだった。かなりテナーの力量もためされるものだったらしいけれど、ニューヨーカーマガジンの批評によると、メットでは20年ぶりくらいの上演で、今回のオープニングにあたっても空席が目立ったらしい。
今日のトリスタンとイゾルデも、ちょっとハプニング続きらしい。カナダ人テナーベンハップナーがウィルスにやられて、オープニングを含む最初の4公演で歌えず、彼の代理はかなりの酷評を得たとのこと。他にも、舞台装置からテナーがすべって、異例の途中休憩となり、テナーの無事を確認してからの再開。メットデビューのソプラノ歌手は緊張のためか(?)、ニ幕目で不調を訴えて代理(メットデビューをはたす)をたてるという有様だったらしい。ということで、先週の金曜日は3人目のテナーと代理のソプラノでの公演だったよう。今日の公演はトリスタン役では初めてメットで歌うというロバートディーンスミス。どうなる事か、ワクワク
Sunday, March 16, 2008
講演会にひっぱりだこのマルコム
晴れ、最高気温3度、夜はマイナス13度
一週間前の大雪とは打って変わって、真っ青な空の広がる休日。久しぶりにマルコムの実家あたりまでドライブに行ってきた。陽射しはまぶしくても、風はまだ冷たく、ほろなしの馬車に乗るメノナイトの人達の寒そうな姿、そして馬のはく息の白さが、まだまだ春遠しと感じた。
最近、マルコムは多忙極まりないようで、週刊誌ニューヨーカーに記事を書かない。講演する機会のほうがずっと多いようだ。ジャーナリストが書かないということは、これはファンである読者にとってはゆゆしきことと思われる。なぜなら、ジャーナリストと読者をつなぐものは、ほかならぬ彼の文章でしかないのだから。ニューヨーカーもマルコムの人気に便乗してか、先週末に主催された昨年に続くニューヨーカーコンフェレンスでは、マルコムをまたまた基調講演者の一人にしている。2日間の日程の参加費は、レセプション、食事も含まれて2000ドル。でも、ホテルの割引はありませんのであしからず、なんて注意書きがあった。彼の講演を聞くことのできる人達は限られている(会社が支払ってくれるとかね)。世界中に広がる彼のファンは、実際の講演にはのぞめない。せめて、以前のように4半期に一度のペースで書いてほしいものだ。彼の書くものは、彼のインスピレーションとリサーチで少なくとも3,4ヶ月はかかると見積もっている。
そんな旨を、マルコム宛にEメールした。
マルコムを地元新聞に紹介した記者(私は彼の記事でマルコムを知った)が、今年は精力的にユニークな方面での記事を書いていて、カナダ新聞のある報道カテゴリーに昨年に引き続きノミネートされた。連続ノミネートおめでとうと、1年ぶりくらいにEメールしたら、ありがとうと返事がきた。マルコムもこんな感じで返事をくれたらどれほど私を舞い上がらせてくれることか。。。
一週間前の大雪とは打って変わって、真っ青な空の広がる休日。久しぶりにマルコムの実家あたりまでドライブに行ってきた。陽射しはまぶしくても、風はまだ冷たく、ほろなしの馬車に乗るメノナイトの人達の寒そうな姿、そして馬のはく息の白さが、まだまだ春遠しと感じた。
最近、マルコムは多忙極まりないようで、週刊誌ニューヨーカーに記事を書かない。講演する機会のほうがずっと多いようだ。ジャーナリストが書かないということは、これはファンである読者にとってはゆゆしきことと思われる。なぜなら、ジャーナリストと読者をつなぐものは、ほかならぬ彼の文章でしかないのだから。ニューヨーカーもマルコムの人気に便乗してか、先週末に主催された昨年に続くニューヨーカーコンフェレンスでは、マルコムをまたまた基調講演者の一人にしている。2日間の日程の参加費は、レセプション、食事も含まれて2000ドル。でも、ホテルの割引はありませんのであしからず、なんて注意書きがあった。彼の講演を聞くことのできる人達は限られている(会社が支払ってくれるとかね)。世界中に広がる彼のファンは、実際の講演にはのぞめない。せめて、以前のように4半期に一度のペースで書いてほしいものだ。彼の書くものは、彼のインスピレーションとリサーチで少なくとも3,4ヶ月はかかると見積もっている。
そんな旨を、マルコム宛にEメールした。
マルコムを地元新聞に紹介した記者(私は彼の記事でマルコムを知った)が、今年は精力的にユニークな方面での記事を書いていて、カナダ新聞のある報道カテゴリーに昨年に引き続きノミネートされた。連続ノミネートおめでとうと、1年ぶりくらいにEメールしたら、ありがとうと返事がきた。マルコムもこんな感じで返事をくれたらどれほど私を舞い上がらせてくれることか。。。
Monday, March 10, 2008
旧隣人との夕食:宗教と医学
3月10日、晴れ、朝マイナス22度、日中プラス2度。夜はマイナス6度。
8日の土曜日はまたまた大雪。積雪20cmという大吹雪の日に、以前の隣人、お向かえに住むご夫婦を夕食に招待した。それはそれは、色々な話題が上り、話がつきなかったのだけど、とても印象に残った会話がある。
おじさんは外科医で2年前に退職した。ご夫婦ともメノナイト派の熱心なクリスチャンである。食事の席で、政治と宗教の話はするなというけれど、という前置きで始まった。おじさんは医学部に進む前に神学を専攻したという。医学部に進んだのは、方向転換ではなく、まず神学を学びそれから医学部に進むと心に決めていたらしい。そこで、質問。医学部に進んで、宗教との葛藤や矛盾はなかったのかと聞いた。すると、逆に神の存在が益々確固としたものになったという答え。科学的実証は、神のまいた種を、人間が一つ一つ見つけているだけで、それは人類の永遠に続く作業だと言われた。
以前、パキスタン人の同僚が、神を信じないなんて、これほど不幸なことはない。今からでも遅くないよ、、などとずいぶんと心配してくれたことがある。その後、なんとなく説教じみた話が続いて、ウンザリしたものだ。でも、彼も勉強すれば勉強するほど神の存在を信ぜずにはいられないよ、と言っていた。
なるほど、その時は、ふ~ん程度の説得力しか感じなかったのだけど、おじさんのわずかの言葉には今までにない強烈な説得力を感じたなぁ。同時に、ちと俗っぽくなるけれど、2001年宇宙の度の最初のシーンが脳裏をかすめ(かなり俗っぽいか。。。)、更に遥かかなたの遠い遠い時間を感じることができた。
8日の土曜日はまたまた大雪。積雪20cmという大吹雪の日に、以前の隣人、お向かえに住むご夫婦を夕食に招待した。それはそれは、色々な話題が上り、話がつきなかったのだけど、とても印象に残った会話がある。
おじさんは外科医で2年前に退職した。ご夫婦ともメノナイト派の熱心なクリスチャンである。食事の席で、政治と宗教の話はするなというけれど、という前置きで始まった。おじさんは医学部に進む前に神学を専攻したという。医学部に進んだのは、方向転換ではなく、まず神学を学びそれから医学部に進むと心に決めていたらしい。そこで、質問。医学部に進んで、宗教との葛藤や矛盾はなかったのかと聞いた。すると、逆に神の存在が益々確固としたものになったという答え。科学的実証は、神のまいた種を、人間が一つ一つ見つけているだけで、それは人類の永遠に続く作業だと言われた。
以前、パキスタン人の同僚が、神を信じないなんて、これほど不幸なことはない。今からでも遅くないよ、、などとずいぶんと心配してくれたことがある。その後、なんとなく説教じみた話が続いて、ウンザリしたものだ。でも、彼も勉強すれば勉強するほど神の存在を信ぜずにはいられないよ、と言っていた。
なるほど、その時は、ふ~ん程度の説得力しか感じなかったのだけど、おじさんのわずかの言葉には今までにない強烈な説得力を感じたなぁ。同時に、ちと俗っぽくなるけれど、2001年宇宙の度の最初のシーンが脳裏をかすめ(かなり俗っぽいか。。。)、更に遥かかなたの遠い遠い時間を感じることができた。
Sunday, March 02, 2008
「崩れ」、幸田文、を読む
穏やかなな日曜日。今晩からみぞれ。
日本ではどんな本が人気なのかなぁという興味から、インターネットで検索し、ウェブ本の雑誌というサイトに出会ったのが約1年くらい前だろうか。その中に作家の読書道というセクションがあり、人気作家の読書暦を披露する。ここで紹介されるのは比較的新進気鋭の作家で、彼らの作品は殆ど読んだ事がない。でも、彼らの読書暦から触発されて読んでみた本が多々ある。外国文学もその一つで、ポールオースターなど読み始めたのも、ここで紹介されていたからだと思う。
「崩れ」は、旅行ノンフィクション作家という看板の宮田珠巳という作家の紹介。作家は幸田露伴の娘で、崩れという現象に着目し、それを言葉で表現する。72歳の作家は時には、おんぶされながら日本の山の崩れを訪ねる。これを読むと、数年前の新潟での地震や土砂崩れを思い出さずにはいられなかった。崩れとは、地質的に弱いところということ。美しい日本列島はまさしくそうした弱い地盤で形成されている。
とても美しく柔らかい日本語で荒々しい自然現象が言葉にされている。
日本ではどんな本が人気なのかなぁという興味から、インターネットで検索し、ウェブ本の雑誌というサイトに出会ったのが約1年くらい前だろうか。その中に作家の読書道というセクションがあり、人気作家の読書暦を披露する。ここで紹介されるのは比較的新進気鋭の作家で、彼らの作品は殆ど読んだ事がない。でも、彼らの読書暦から触発されて読んでみた本が多々ある。外国文学もその一つで、ポールオースターなど読み始めたのも、ここで紹介されていたからだと思う。
「崩れ」は、旅行ノンフィクション作家という看板の宮田珠巳という作家の紹介。作家は幸田露伴の娘で、崩れという現象に着目し、それを言葉で表現する。72歳の作家は時には、おんぶされながら日本の山の崩れを訪ねる。これを読むと、数年前の新潟での地震や土砂崩れを思い出さずにはいられなかった。崩れとは、地質的に弱いところということ。美しい日本列島はまさしくそうした弱い地盤で形成されている。
とても美しく柔らかい日本語で荒々しい自然現象が言葉にされている。
Sunday, February 24, 2008
リバーサイドギャラリー
プラス2度。青空。最高の日曜日。火曜日はまた15cmの積雪の予報。
久しぶりに地元大学の建築学部の建物内にあるリバーサイドギャラリーを覗いた。今回の展示は、建築、芸術、創造における図書館というテーマで、公共図書館の起源に若干触れ、幾つかの図書館を紹介している。 最初にノルウェーの建築事務所が競争入札で勝ち取ったという2002年に完成したエジプトのアレクサンドリアにある図書館。海抜レベルの階では、地中海を目の当たりにしながら古代歴史を思いつつ本に囲まれる事が出来る。突然ながら、猛烈に行ってみたいという衝動に駆られているところ!!http://www.greatbuildings.com/buildings/Bibliotheca_Alexandrina.html。
その他、プライベートの図書館の一つとして、神奈川県にある、詩の図書館も紹介されていた。
田舎にあるギャラリーながら、展示内容はレベルが高い。小さいスペースなので、テーマを絞り、展示物を選りすぐるのはとても難しい事のように思える。2005年に展示した「北緯41度から61度におけるカナダ現代建築様式」が、世界的に権威のあるヴェニスのヴィエンナーレ展示会に今年のカナダ代表として出展されるらしい。
久しぶりに地元大学の建築学部の建物内にあるリバーサイドギャラリーを覗いた。今回の展示は、建築、芸術、創造における図書館というテーマで、公共図書館の起源に若干触れ、幾つかの図書館を紹介している。 最初にノルウェーの建築事務所が競争入札で勝ち取ったという2002年に完成したエジプトのアレクサンドリアにある図書館。海抜レベルの階では、地中海を目の当たりにしながら古代歴史を思いつつ本に囲まれる事が出来る。突然ながら、猛烈に行ってみたいという衝動に駆られているところ!!http://www.greatbuildings.com/buildings/Bibliotheca_Alexandrina.html。
その他、プライベートの図書館の一つとして、神奈川県にある、詩の図書館も紹介されていた。
田舎にあるギャラリーながら、展示内容はレベルが高い。小さいスペースなので、テーマを絞り、展示物を選りすぐるのはとても難しい事のように思える。2005年に展示した「北緯41度から61度におけるカナダ現代建築様式」が、世界的に権威のあるヴェニスのヴィエンナーレ展示会に今年のカナダ代表として出展されるらしい。
Thursday, February 21, 2008
早期退職者達の夢
マイナス13度。
今年になって数人早期退職する人がでてきた。我が社の早期退職第一号のロンが去ってもう3年たつだろうか。半年間ハワイで過ごし、その後はまた仕事に復帰。顧問のような立場で相変わらず稼いでいるとのこと。
つい1ヶ月前に退職したウェインは、教会関係やボランティア活動に精力的で、新移民への英語講座で教えたり、中古の車を直したりしている。今後は3ヶ月毎くらいのペースで海外での救援活動に携わるとのこと。未だ数年前のミシシッピやルイジアナでのハリケーンの傷跡は大きく、住宅建設等々のボランティア参加の機会は沢山ある。
昨日20年勤務のあと退職したゲイリーは私の上司。つい先週同僚がカードにサインしているので、誰の赤ちゃん、それとも誰の結婚??なんてきいていたら、ゲイリーが来週退職するんだよといわれびっくり。うわさはずっとあったものの、明確な時期は聞いていなかったから。なんでもそっといなくなる事をのぞんだらしい。泣けるから、、かな。どうにか皆からのプレゼントを受け取り、最後の挨拶は涙を目にためながらのものだった。用意していたお別れケーキもゲイリーが去ってから届くということになってしまった。なんでもとりあえずは弟さんの結婚式の準備に精力的に手伝い、夏は孫たちと時間を過ごすとのこと。
となりにいるもう一人のゲイリーは今年58才で60で退職するとのこと。既に、退職後の湖に面した家を購入しており、今は週末にだけ家に帰り、普段はアパートから通勤している。彼も、退職後は、ご近所の運転手等のボランティア活動に従事するといっている。やることはいっぱいあるよって。
3月末に退職予定のピーターは今年いっぱいは、すでに奥さんがびっしりとクルーズ等の旅行日程を取り入れているとのこと。
早期退職者の年齢は55から60歳の間。その他の例をみても、半年後くらいに中小規模の会社に復帰している人が多い。私も55歳で退職して、海外のボランティア活動に参加したいと思っているけれど、、ロバートレッドフォードのサンダンスインスティチュートで、映画作りのボランティアをしたいなぁとも。。。サンダンスフィルムフェスティバルでは毎年ボランティアを募集する。去年応募したけど何の連絡もなかったのよねぇ~。
今年になって数人早期退職する人がでてきた。我が社の早期退職第一号のロンが去ってもう3年たつだろうか。半年間ハワイで過ごし、その後はまた仕事に復帰。顧問のような立場で相変わらず稼いでいるとのこと。
つい1ヶ月前に退職したウェインは、教会関係やボランティア活動に精力的で、新移民への英語講座で教えたり、中古の車を直したりしている。今後は3ヶ月毎くらいのペースで海外での救援活動に携わるとのこと。未だ数年前のミシシッピやルイジアナでのハリケーンの傷跡は大きく、住宅建設等々のボランティア参加の機会は沢山ある。
昨日20年勤務のあと退職したゲイリーは私の上司。つい先週同僚がカードにサインしているので、誰の赤ちゃん、それとも誰の結婚??なんてきいていたら、ゲイリーが来週退職するんだよといわれびっくり。うわさはずっとあったものの、明確な時期は聞いていなかったから。なんでもそっといなくなる事をのぞんだらしい。泣けるから、、かな。どうにか皆からのプレゼントを受け取り、最後の挨拶は涙を目にためながらのものだった。用意していたお別れケーキもゲイリーが去ってから届くということになってしまった。なんでもとりあえずは弟さんの結婚式の準備に精力的に手伝い、夏は孫たちと時間を過ごすとのこと。
となりにいるもう一人のゲイリーは今年58才で60で退職するとのこと。既に、退職後の湖に面した家を購入しており、今は週末にだけ家に帰り、普段はアパートから通勤している。彼も、退職後は、ご近所の運転手等のボランティア活動に従事するといっている。やることはいっぱいあるよって。
3月末に退職予定のピーターは今年いっぱいは、すでに奥さんがびっしりとクルーズ等の旅行日程を取り入れているとのこと。
早期退職者の年齢は55から60歳の間。その他の例をみても、半年後くらいに中小規模の会社に復帰している人が多い。私も55歳で退職して、海外のボランティア活動に参加したいと思っているけれど、、ロバートレッドフォードのサンダンスインスティチュートで、映画作りのボランティアをしたいなぁとも。。。サンダンスフィルムフェスティバルでは毎年ボランティアを募集する。去年応募したけど何の連絡もなかったのよねぇ~。
Wednesday, February 20, 2008
ピアノの調律
2月20日。ガソリン代リットル当たり1ドル9セント。18日の月曜日は州知事の公約どおり、初めての家族の日という祝日
月曜日の祝日にもかかわらず朝の9時にピアノ調律師のポールがやってきてくれた。昔は地元交響楽団でチェロを弾いていたという人で、今はもっぱら調律師。地元の音楽堂のピアノの調律もまかされているとのこと。今回は、2年ぶりの調律、そして引っ越したにも拘らず、ちゃんと覚えていてくれ、あれ犬はどうしたのなんて聞いてくれた。 ポールは、ケーキの折り詰めを横にしたような小型の黒い革のかばん一つで登場する。中身は、やすりや色々な種類のペンチ(私のピアノでそれらを使う事はみたことがない)、チカチカ点灯する音合わせの機械などで、あとは彼の耳のみ。あれだけの設備投資(?)で収入につなげるなんてスゴイなぁと思う。これは、物を書く人にもいえること(マルコムとかね)。そして大切なことは、この仕事が好きという事につきると思う。あぁ、自分にも設備投資のいらない才能があったら自立できるのになぁなんて思う。才能と投資費用のない分、勤め先で場所をおかりして、お仕事させてもらってますって感じ。音楽会では顔合わせしたことはないものの、話をすると彼もその場にいたという。今回メットのオペラの事を話したら、そうした情報は知らなかったようで3月のオペラを楽しみにして帰っていった。
調律中のピアノのメロディは、ちょっと定かじゃないけれど、確か昔のフランス映画ジャンポールベルモント主演の映画「きちがいピエロ」で、ちょっとアタマのねじの狂ったおじさんが埠頭で歌うメロディに似ている。
月曜日の祝日にもかかわらず朝の9時にピアノ調律師のポールがやってきてくれた。昔は地元交響楽団でチェロを弾いていたという人で、今はもっぱら調律師。地元の音楽堂のピアノの調律もまかされているとのこと。今回は、2年ぶりの調律、そして引っ越したにも拘らず、ちゃんと覚えていてくれ、あれ犬はどうしたのなんて聞いてくれた。 ポールは、ケーキの折り詰めを横にしたような小型の黒い革のかばん一つで登場する。中身は、やすりや色々な種類のペンチ(私のピアノでそれらを使う事はみたことがない)、チカチカ点灯する音合わせの機械などで、あとは彼の耳のみ。あれだけの設備投資(?)で収入につなげるなんてスゴイなぁと思う。これは、物を書く人にもいえること(マルコムとかね)。そして大切なことは、この仕事が好きという事につきると思う。あぁ、自分にも設備投資のいらない才能があったら自立できるのになぁなんて思う。才能と投資費用のない分、勤め先で場所をおかりして、お仕事させてもらってますって感じ。音楽会では顔合わせしたことはないものの、話をすると彼もその場にいたという。今回メットのオペラの事を話したら、そうした情報は知らなかったようで3月のオペラを楽しみにして帰っていった。
調律中のピアノのメロディは、ちょっと定かじゃないけれど、確か昔のフランス映画ジャンポールベルモント主演の映画「きちがいピエロ」で、ちょっとアタマのねじの狂ったおじさんが埠頭で歌うメロディに似ている。
Sunday, February 17, 2008
メットオペラ:マノンレスコー、アニメ映画ペルセポリス
青空の広がる最高の土曜日。明日は雨とか。
またまた待ちに待ったメトロポリタンオペラ。ここ労働者の街でのライブ映画館上映も、ぼちぼちと観客の数は増えてきた。40人くらいにはなったかな。ホント近いと便利。がらんとしているから席の確保も容易だし。
毎回メットのオペラをみて感心するのは舞台装置。最初にNYCでメットのオペラを見たとき(17年くらい前かな)、舞台の奥行きの深さにビックリしたのを覚えている。今回のマノンレスコーは毎回舞台装置が大幅に変わるため、各幕ごとに15分以上の休憩があった。3幕の背後には既に4幕の舞台が準備されており、ステージ自体が動くという感じだった。また、主役が世界各国からの選りすぐりであることは、以前に書いたけれど、その他の歌い手達が、アジア人黒人を含む様々の人種が混ざっているのもまさにニューヨークならではという気がする。 ちなみに、今回は休憩の間に舞台動物達も紹介された。
メットの後、日本でも話題になっているペルセポリスのアニメを見に行った。昨日のレビューによると、アニメといってもディズニーのアニメを想像してもらっちゃー困りますなんてことが書かれていた。お母さん役の声はカトリーヌドヌーブ。やはりフランス語は心地良い響きね。でも95分に集約されているため、話のテンポが速い。イラン革命やイランの歴史に事前に触れていると、話についていきやすいかも(本を読んでから見るといいと思う)。映画は、そうしたイランの現代史を背景に、主人公マンジェーンの少女時代から20代までの人生を描く。これは、背景こそ異なるものの、世界共通の若者の感性以外のナニモノでもないと思う。この本は3年前に購入し、友人にも読んで~と押し付けたり、プレゼントしたりもした。私は、100回近くは読んでいるな。外国で暮らす孤独という感覚が共有でき、時に胸にぐっとくる本なのである。白黒漫画、アニメも同様に白黒のところが、センスの光るところ。。
またまた待ちに待ったメトロポリタンオペラ。ここ労働者の街でのライブ映画館上映も、ぼちぼちと観客の数は増えてきた。40人くらいにはなったかな。ホント近いと便利。がらんとしているから席の確保も容易だし。
毎回メットのオペラをみて感心するのは舞台装置。最初にNYCでメットのオペラを見たとき(17年くらい前かな)、舞台の奥行きの深さにビックリしたのを覚えている。今回のマノンレスコーは毎回舞台装置が大幅に変わるため、各幕ごとに15分以上の休憩があった。3幕の背後には既に4幕の舞台が準備されており、ステージ自体が動くという感じだった。また、主役が世界各国からの選りすぐりであることは、以前に書いたけれど、その他の歌い手達が、アジア人黒人を含む様々の人種が混ざっているのもまさにニューヨークならではという気がする。 ちなみに、今回は休憩の間に舞台動物達も紹介された。
メットの後、日本でも話題になっているペルセポリスのアニメを見に行った。昨日のレビューによると、アニメといってもディズニーのアニメを想像してもらっちゃー困りますなんてことが書かれていた。お母さん役の声はカトリーヌドヌーブ。やはりフランス語は心地良い響きね。でも95分に集約されているため、話のテンポが速い。イラン革命やイランの歴史に事前に触れていると、話についていきやすいかも(本を読んでから見るといいと思う)。映画は、そうしたイランの現代史を背景に、主人公マンジェーンの少女時代から20代までの人生を描く。これは、背景こそ異なるものの、世界共通の若者の感性以外のナニモノでもないと思う。この本は3年前に購入し、友人にも読んで~と押し付けたり、プレゼントしたりもした。私は、100回近くは読んでいるな。外国で暮らす孤独という感覚が共有でき、時に胸にぐっとくる本なのである。白黒漫画、アニメも同様に白黒のところが、センスの光るところ。。
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