Friday, August 22, 2008

ヴィッキー、クリスチーナ、バルセロナ:ウッディアレンの新作をみる

確か今年のカンヌ映画祭で上映され、ウッディアレンの最近の映画の中では一際評判のいい映画として紹介されている。

ニューヨークでの撮影からすっかり影をひそめ、ここのところはイングランドでの撮影。そして、今回はスペインバルセロナでの撮影である。北米の街、文化自体、ウッディアレンにとっては魅力のないものになっているように思う。 ずっと昔は女同士の友情は続かないがごとくのイメージがあったけれど、この映画ではとてもカジュアルな女同士の友情、愛情が映し出される。そして、これは私達女性にとって、とても身近なものと思われる。

一方、魅力的なスペイン男性に比べ、登場する北米男性がいかに退屈でつまらないか映し出される。これは、物質的なものでしか価値を図ることの出来ない北米文化の産物に他ならない。特に、高収入を得るがため全てビジネスに関連した科目を履修することが成功の秘訣とされているような高等教育。枠にとらわれることなく幅広く学問を自由に学び、人間としての理想と哲学を学ぶという永遠の課題が大幅に歪曲されている。実際最近入社の大学出は、殆どビジネス関連のコースを習得している。理系専攻(数学専攻、コンピューターサイエンス専攻とか)もビジネスコースとの組み合わせはかかせないよう。 優秀ではあるけれど、なんか物足りない。。。と思えるのは自分の年のせいか。。。

やっぱりウッディアレンの映画はおもしろい。今一評のここのところの彼の映画、マッチポイント、スクープ、メリンダメリンダも実は好きなのよね。

シルクドソレイユ;Saltimbancoを観る

カナダが誇るワールドクラスのケベック発祥のサーカス団のショーをついに観る!

この20年あまり、タイムマガジンやメディアで多々紹介されていてずっと見たいと思いつつも機会がなかった。今回見たものは、シルクドソレイユの定番。アクロバティックな演技が強調されているショー。

下記サイトの左側のWatch a clip にいくと全容が伺える。http://www.cirquedusoleil.com/CirqueDuSoleil/en/showstickets/saltimbanco/intro/about.htm

当初人気が出た頃は、殆どがカナダのパフォーマーだったけれど、ここ最近はトップクラスの多国籍パフォーマーによる演技となっている。

いつか、ラスベガスのショー”O”をみたい。Oは驚愕の叫びイコールフランス語の水。舞台に造られた巨大な水槽でのパフォーマンスとなる。そのエンジニアリングの技術はまさに息をのむものらしい。

オタワ;ナショナルアートギャラリー:ヨーロッパ1930年:第二次世界大戦の前兆

モントリオールからオタワへ移動。

ナショナルアートギャラリーで1930年代のアートの展示を見る。ダリ、ピカソの絵画。そして恐ろしいほどに完璧な肉体を理想とし象徴する写真、マスゲーム。そしてファシズムの台頭。

1930年代が世界大恐慌後、なんとも暗い時代だったことをあらためて認識。

能天気な時代に生まれてよかった。。。と安堵。

モントリオールの建築

今年の夏は記録的な降水量を記録している。ほとんど夕方になると嵐のような雷雨となる毎日。やっと迎えたこの1週間の休暇は雨なしの最高のお天気。

7月にモントリオールを訪ねた。1年ぶりでいつもと違うルートで街をぶらぶらすると、ずいぶんと光景が変わっている事に気付きびっくり。モントリオールモダン建築の本によると、不景気と停滞の20世紀後半を経て、21世紀にはいってから(つまり2000年から2005年の間)に、かなりモントリオール建築の活性化が積極的に推し進められたとのこと。それは、高い次元におけるモダニズムとしてのポストモダニズム、再生のポストモダニズム(モダニズムに反する伝統への回帰)、モダニズムを超越するポストモダニズム(アートの終焉を認識せざる脅威)と説明されている。
建物はカラフルで正面から眺めるとフラットTVのごとくとても薄っぺらな厚みのない印象を与える。http://www.imtl.org/montreal/image.php?id=3820
http://www.imtl.org/montreal/building/UQAM-Pavillon-des-sciences.php
http://www.imtl.org/montreal/building/Le-crystal-de-la-Montagne.php
http://www.imtl.org/montreal/building/Hotel-InterContinental-Montreal.php
http://www.imtl.org/montreal/building/Le-Palais-des-Congres-de-Montreal.php

やっぱりモントリオールは魅力的な街。

Wednesday, July 16, 2008

デンマーク映画、「バベットの晩餐会」を観る

1988年に外国映画部門でオスカーを獲得しているデンマーク映画。なんとも後味のいい映画だった。

人里離れた超保守的なクリスチャンコミュニティの中にフランスからバベットがやってきて年老いた姉妹とそのコミュニティに住む老人達にお料理を作る。そして記念すべき晩餐会はバベットの強い希望で本格的なフランス料理となる。老人達はもちこまれる食材を見て目を丸くし、地獄に落ちるのではないかと思うくらい。

超保守的な社会の中にも当然のことながら人間の断片的な醜さを垣間見る。バベットの最高の晩餐で、老人達は、再び愛を語り、美味しいワインから喜びを感じ、不満や中傷ではなく大きな心で人々を受け入れる。

話はとてもゆっくりと進行し、ストーリーの展開に激しいアップダウンは全くなく、おとぎ話か抒情詩のごとくたんたんと進む。とても繊細なタッチで微妙な描写。そして不思議な感動を与え、後味のいい映画となっている。

Tuesday, July 15, 2008

アンディウォーホール博物館、ピッツバーグ、7月1日

アンディウォーホールがピッツバーグの出身とは以外や以外。ということで、鉄の街ピッツバーグにあるアンディウォーホール博物館を訪ねた。2年ほど前、トロントのアートギャラリーでアンディウォーホール展がありかなり興味深く鑑賞したのを覚えている。彼もやはり天才である。http://www.warhol.org/default.asp

ところが、この博物館の展示物内容は若干期待に反するものだった。ピッツバーグにある博物館ということで、見学者の数はニューヨークや他の都市でのそれと比べて激しく劣るのであろう。ということで、彼の作品は、世界各地の展示会場に持ち出されている、また、他のギャラリーでの常設展として展示され地元の博物館には保存されていないものが多いと思われた。

印象に残ったものは、各階に監視員としていた若いアーティストと思われるかっこいいお兄ちゃんたち。アンディウォーホールはピッツバーグにある芸術学校を出ている。おそらくそこの学生達なのであろう。見学者に構わず椅子に座ってスケッチしたり粘土をクネクネ練っていた。

ピッツバーブに行く朝、道に迷い、行ったり来たりしていたところ、再びおまわりさんに止められる。アメリカ映画の一場面みたいに、後ろからマイクロフォンで路肩に止めなさい!、車から出ようとすると、車の中に待機しなさい!と注意された(コワイ)。おとといに続いて2つ目のスピード違反!時速60kmくらいのところを85キロくらいで走っていたとのこと。実ははっきりと制限速度を意識していたのだけど、なんせ起伏があり、注意しないと下りではついスピードがでてしまう。万事休す!と思ったところ、カナダからの一人旅、道に迷ってぐるぐるしている、ピッツバーグのアンディウォーホール博物館に行こうとしていると説明したところ、親切にも行き方を説明してくれ、気をつけるようにといって釈放してくれた。これが幸運といわずしてなんであろう。。

ピッツバーグの町はほんの一角しか覗かなかったけれど、一時の繁栄はすっかり影をひそめているという印象を受けた。

再びフランクロイドライト、ペンシルバニア州へ、その2

2泊3日の旅の宿泊先は、100年の歴史をほこるSummit Inn Resort という名前のとおり山の頂上にあるトーマスエジソンも宿泊したというホテルに泊まる。

この宿はフランクロイドのウェブサイトから見つけたもので、大当たりのホテル。日曜日と月曜日に宿泊したこともあり、ホテルは5割程度の宿泊客。リゾート宿泊地として建てられたものなので、ゆったりとくつろげるようにとロビーやパティオのスペースがかなり広く心地良い。

今回は、強行日程をくまず、仕事から解放されてゆっくりと気分転換するということも目的だったので、初日はパティオで読書や書き物。2日目の夜は若干気温が下がり、ロビーにある大きな暖炉の前でロッキングチェアにすわりぼーっとして過ごした。宿泊客が少なかったこともあり、バーやレストランのウェイトレス、また暖炉に薪をくべる従業員みな親切で、まるで自分の別荘にでもいるような気分になった。以外や以外レストランの食事も腕のいいシェフがいるらしく満喫。http://www.summitinnresort.com/index.php?id=31

山の上ということで、天気は変わりやすく激しい雷雨の後はピンク色の夕日が広がり、眼下に広がる谷間から上がる花火が見えた。

再びフランクロイドライト、ペンシルバニア州へ、6月29,30日、7月1日、その1

シカゴですっかりフランクロイドライトの住宅に魅せられ、シカゴへ行くのに比べると距離的に100km程近いペンシルバニア州にあるFallingwaterハウスを見に行った。ピッツバーグを南に1時間程、山を越え、森と渓流が見事に住宅の一部となって調和した住宅が現れる。1934年に建設がはじまり、1936年から63年の間ピッツバーグのデパート経営者大富豪の別荘地として使われた。http://www.paconserve.org/index-fw1.asp
参加したのは通常1時間の一般見学コースではなく、2時間のじっくり鑑賞コース。一人の老人は、全く驚くねぇといった言葉を何度も繰り返す。70歳を超えていると思われる老夫婦はいたるところにあるフランクロイドの建築物を訪ねる旅をしているとのこと。もう一カップルは建築家と思われる夫婦だった。

ニューヨーク州を通りペンシルバニア州への運転。なんとも美しい景観で気を許して運転していたところ、ニューヨーク州でスピード違反をくらってしまった。おまわりさんがぴったりと後ろにしばらくくっついても、まさか自分とは思わず。ついに車が横にならび、路肩に止めなさいの指示。制限速度時速約110kmのところを132kmで走ってしまう。オンタリオ州の運転に比べて、かなりのろいのでついつい抜かして運転してしまった。

途中、何度か激しい雷雨にも遭遇。またピッツバーグの南で戦車を作る工場を道路からみた。組み立てたトラクターを外に並べている光景と何ら変わらぬといった形で、戦車があからさまに敷地内に並べられていた。こうしたところにアメリカの悲しいメンタリティを感じる。

Saturday, June 14, 2008

古本屋みつける

先週のサルマンラシュディ講演会の行われた街にまた行ってみた(20キロくらい離れたところにある)。マコンドという古本屋を友人が教えてくれたからだ。マコンドはガルシアマルケスの百年の孤独にでる架空の町らしい。

日本の古本屋にはまだ負けるけれど、かなりおもしろい本屋だった。本の種類が豊富なこと。そして、まだかなり新しい。本屋で本を探す楽しみを味わえるところでる。2時間ほど狭い店の中をぐるぐるとし、数冊買ってしまった。

そして、次に見つけたのは小さなCD屋。クラシック、オペラ、ジャズ、ブルース、そしてワールドミュージックを取り扱う。品数は少ないけれど、チェーン店のCD屋で、この種のCDを揃えているところはない。

確かにインターネットで検索すればなんでも購入できるけれど、本やCDを手にとって買い物するというのは楽しい。

早期退職、ローナの場合

最高気温28度。曇りから晴れ。ちょっとムシムシ。

昨日はローナの退職日で、水曜日に退職おめでとう会があった。強烈なブルドック顔といつもポジティブな姿勢の彼女は猛者の多い会社の中で人気があり、昔の写真もいっぱいスクリーンに映し出される。涙のお別れ会になるかと思いや、流石ローナ。皆を笑わせ、20年はあっという間にたつというメッセージを私達に残してくれた。

ローナは60歳に近いくらいじゃないかと思われる。明日の日曜日には早速、故郷のアイルランドに飛び、母親の93歳の誕生日に望むとのこと。そして、退職後の生活はアイルランドでのB&Bの経営だ。これから、建築許可を申請するということで、これはなかなか大変なことらしい。もし、許可がおりないようであれば、カナダでインテリアコーディネータなどの仕事にとりくむとのこと。これから、また彼女のチャレンジが始まる。

60歳はまだ若い。現在の人間の寿命を考えると、確かに次があるって思えてくる。

Sunday, June 08, 2008

サルマンラシュディ講演会

気温32度。ムシムシ。強風。夕方雷雨。ガソリンリットル1ドル34セント。

だめもとで、やはり講演会に足を運んだ。そして、やっぱりダメだった。。。教会入り口には体格のいい男性がたっていて厳しくチケットのチェック。おねが~いとすがる数人にチケットがないと入場できませんと対応していた。またまた悔しさがこみ上げる。

帰り道は、雷雨竜巻警報の出ている中運転。黒い雲の下をちょうど走った感じで、大粒の雨と雷の中を走りぬけた。

教会の近くにカーウォッシュならぬ、ドッグウォッシュの場所を見つける。

Saturday, June 07, 2008

またまた地元講演会をのがす、、サルマンラシュディ

隣町の本屋が30周年記念をかねてサルマンラシュディの講演会を開くと知ったのはかれこれ一月半前。10ドルで彼の新刊朗読とお話が聞けるという事でずっと楽しみにしていた。

しかし、、、田舎の隣町。。。ということで、あなどったのがまずかった。。今日、「明日のチケットちょうだい」、って行ったところ、前日に何を今更という態度で呆れられた。講演会会場も当初の400人収容できる教会から600人プラス100席椅子を並べることのできる教会に変わったんだよって。つまり700枚のチケットがあっという間にうりきれたのだった。。。「彼は大物だし、このグエルフ(田舎の隣町の名前)はクールな街なんだ」なんて自負された。でもさ、ねぇ、なんとかどうにかならない??当日並んだらどうにかなる?とかしばらく粘ったものの。無理だねって。ガーン

確かに農学部や獣医学部に抜きん出る大学がある古い街である。後ろにいた女性が、「我町の住民が文化的行事にこうした形で反応した(700枚即売)というのはうれしいことね」といっていた。

う~ん、やぱり仕事に忙殺されていると、こうしたことに手を打つ時間も損なわれてしまっているのかもしれない。。。

"Beach Music", Pat Conroy を読む

晴れ、ムシムシ、最高気温32度。ガソリン代はついにリッターあたり1ドル34セント!!

旧隣人のおじさんが勧めてくれた本。この作者はバーバラストライサンドとニックノルティ主演の映画「プリンスオフタイド」の作者ということもあり読む気になった。この映画、結構好きな映画なのだけど、後半の余計なラブシーンが映画の緊張感をたるませるところかな。ということで、「プリンスオブタイド」を読むつもりが、本屋で手に入らず(カナダの本屋は全く本の品揃えが悪い)、この「ビーチミュージック」にとりかかることになった。

ジョージア州の隣にあるサウスカロライナ州を舞台に繰り広げられる幼なじみとその家族の話。ここには、ポーランドからの強制収容所から生き延びたユダヤ人老夫婦もでてくる。おじさんいわく、ストーリー性があり読ませる本ということだった。確かにそうなんだが、、そして大いに楽しんだのだが、ストーリー性という点ではジョンアービングの方が優れているなぁと思う。なんというか、ジョンアービングの小説は突拍子もないところもあるのだけどしみじみと伝わってくる。ビーチミュージックはストーリー性はあるしうまく表現されていると思うけれど、ちょっとハリウッド映画のウルサイストーリー性を感じたのよね。全ての登場人物一人一人が皆複雑なバックグランドを持っていて、その種明かしが全て最後に一気にやってくる。見せかけ自殺事件とか、愛情表現の下手な軍人の父親が死んだと思われた息子をイタリアで追い詰めるとか、ハイウッド映画っぽい。こうしたストーリーを映画でしか感じることの出来ない私は、なんかウソっぽいなんて思ってしまう。北米人は、こうした展開を身近に感じるのだろうか。

今年は、まだ全然本が読めていない。。 次はこの間シカゴ大学の近くの本屋で見つけたプリンスオブタイドにとりかかろうか。。。

Saturday, May 24, 2008

Malcolm Gladwell の地元講演会を逃す

Malcolm が5月12日にこの地元で新しく建てられるコミュニティー健康管理センターの寄付金集めのための講演をしていた。。。150ドルの講演プラス夕食会。

旧隣人を夕食に招いた時、おばさんがそんな話をしていたのだけど、なんとなく真剣味に欠けて聞いていたのよね。メノナイト系の健康管センターのために彼が講演するなんてしっくりいかなかったから。。。
12日は母の日開けの月曜日。母の日と父の日には里帰りするのかもしれない。去年マルコムに会ったのも大学から名誉博士号を受けた時でもあったけれど、父の日の休日だった。

日本におけるマルコム研究一人者としては、失策。面目なし。。そして、、とてもがっかり。。。他に誰も教えてくれなかったのね。。。

Frank Lyod Wright はやはり天才だ!

シカゴでフランクロイドライトの自宅兼スタジオと当時の自転車製造会社のFrederick Robieの依頼を受けてデザインしたRobieHouseを見学した。全くの野っ原で馬車が通っていた時代の1899年と1902年に造られた家。21世紀の今に見ても、全く違和感なしのシンプルでモダンな建物である。そして、こんな家に住みたいと思わせる住宅建築。フランクロイドは日本では、帝国ホテルと聖心女子大学の建築を手がけた。

住宅建築においては、ローカルの素材を使い、自然と調和する。フランクロイドの自宅には木の幹が家の中を通る。あえて切断しなかったのである。絵は飾らずステンドグラスで囲まれた家。そのガラス戸から広がる野原をみわたす。住宅、そしてその部屋の本来の目的を明確にし、無駄を省いたデザインは素晴らしい。家具も彼のデザインのもや作り付けのもの。それ以上のものはいらないということらしい。すわり心地の悪そうなダイニングの椅子は、そこに家族が座るとそれぞれが額縁の中に納まる形となる。

次は有名なペンシルバニアにあるウォーターハウスを見に行きたい。

Thursday, May 22, 2008

コンドミニアムの年次報告会

5月22日、晴れ、寒い。最高気温はわずかに11度。週末は23度くらいになるらしい。

昨日の夜、コンドの年次総会が夜7時半からあり参加した。60-70人くらい参加していただろうか。住人の約6割の参加者と委任状受け取り数で会議は成立。予想反せず、参加した99%は老人で、30代と思われるカップルが一組。会議開始と同時に、マーガレットというご夫人が、すっと手を上げ、「私のために皆と違う楽な椅子を用意してくれてどうもありがとう」の一言。彼女は歩行補助機でご主人とやってきた。会議が順調に進むかと思いきや、質疑応答の時間で私の隣に座っていたおじいさんが、立ち上がりマイクに向かって歩き、この無駄遣いはけしからん、プールの補修をお願いしたのに、理事会メンバーは何もしなかった等々、日頃の鬱憤を晴らすがごとく、まとまりないながらも発言。結局、理事から、「でも、もう直ったんだからいいじゃないか、まぁ、お座りなさい」と言われ、発言者のおじいさん、ぷいと怒って会場から出て行ってしまった。あらら、なるほど、老人ホームで些細な事から殺人に繋がる事件があることをちらりと脳裏をかすめる。いくつになっても楽しく生きていくということは大変なようだ。

築17年のこのコンド。やはり大なり小なり問題はある。今回理事会メンバーの選挙ということで、新人一人(同じ階のゲイのジョン)と現職の二人が立候補。すんなりと現職の二人が再任となった。再任の二人は80歳近いと思われる。もちろん、まだまだ頭脳明晰、元気なのだが、50代60代前半の若干若者としては、老人ホームのなぁなぁもいいけれど、ここで心機一転するべきではないかと感じているようだ。

会議は30分で終わり、そのあとワインやビール、サンドイッチにシュリンプカクテル、フルーツ、お菓子と並べられ、歓談の時間。マーガレットも、ワイン片手にしながら、ゲイのジョンに向かって私に言い寄っても無駄よなんていって皆を笑わせていた。ちなみにマーガレットは85歳か90歳に近いと思われる映画タイタニックのローズ役のおばあさんに似たご夫人である。

Wednesday, May 21, 2008

シカゴに行ってきた 5月16日~5月20日

シカゴを舞台にした映画を思い浮かべると、アルカポーネのギャングスター物(題名が思い出せない)、ポーランド人のおばさんから安アパートを借りる場面のあるハリソンフォードの「逃亡者」も、ポーランド国内についでポーランド人人口の多いシカゴだったように思う。"Harry met Sally"は、シカゴ大学卒業から話が始まったような。比較的最近のものではリチャードギアの「シカゴ」か。

1871年にシカゴ大火災で街は全焼。これを機に木造建設は禁止となり、シカゴ建築史が紐解かれる事となる。1873年、米騒動なるパン騒動に引き続き、鉄道労働者の8時間勤務体制要求ストライキ。警察が労働者を殺害したことから、爆弾爆発など暴動となり、4人が処刑される。これは、アメリカ史の中でも、最悪の正義に反した判決となったそうだ。文化面では1879年に美術館開設、1890年にはシカゴ交響楽団、シカゴ大学の設立となる。勢いにのって1893年に国際見本市が開催される。白い大理石で造られた見本市会場には2千500万人の入場者を迎えるが、終了後、経済停滞の空気を感じてか、建物は無残にも破壊され社会秩序の安定を欠いたそうな。1914年までにヨーロッパからの移民、そして綿花栽培の機械化によりアメリカ南部から大量の黒人が流れてきた。1910年に1.4万人だった黒人人口が1920年代初頭には11万人に膨れ上がる。人種差別が生まれ、禁酒法の時代を迎え、アルカポーネの時代となるわけである。

多くの都市がそうであるように、経済成長を伴う都市の発展とともに、社会格差は広がる。この様子は、大学受験に向けて一握りの優等生だけをぐいぐいと引っ張り、大半を占める他学生を無視して落ちこぼれとしていくどこかの教育制度に似ているような。そのしわ寄せは様々な形で現れる。どんな状況においてもバランスを保つというのは難しい事である。

シカゴのあるイリノイ州やインディアナ州は中西部と呼ばれる(mid west) 。西部開拓前、東部からみると確かに中西部なのだろう。でも、時にこの中西部という呼称は皮肉っぽく、閉鎖的な田舎者を示唆する事もある。トロントにいるいとこの妹がインディアナに住んでいる。その妹のことを、「あのこったら、最近なんだかあの中西部の田舎者の雰囲気を漂わせるようになって嫌だわ。マンハッタンが危ない何ていうの」といった調子。シカゴに行くにはミシガンを横断していく。ミシガンの店員が笑顔で対応してくれるのに対し、確かにシカゴの店員は無愛想かもしれない。発音もかなりアクセントが強いしねぇ。

Saturday, May 10, 2008

ピアノのお稽古とちょっとプレッシャー

ピアノの練習は毎日やるに越した事はないのだが、週日は仕事で、8時くらいまで残業していると、夜になって弾くのは隣人の手前気が引けるし、精神的にも余裕がない。そうなると弾くのはだいたい土曜日の午前中である。かなりがんがんと怒り狂ったように(?)2時間くらい弾くことも。おもしろいもので、弾く事を楽しめる時もあるし、弾いてストレス発散できるときもあるけれど、なんだか集中できず、1分もひいて気分がのらな~いと挫折することも多々ある。

先週はお隣のアンジェリーナとラムジィが、あなたのピアノをとても楽しんでいるのよという。手をやすめて聞くこともあるわと。。。今日、朝外を走って、サウナに入り(これは一週間のうちで最上のひと時である)、その後、新聞を取りに行くと、同じ階の南側のお部屋にすむデボラおばさんに遭遇。そして、あなたのピアノをとても楽しみにしているの、土曜日の午前中にしか弾かないのね、といわれた。デボラおぱさんいわく、彼女のご主人はエレベーターのボタンを押そうとする時に私のピアノが聞こえると、しばらく押すのをひかえるくらいよと。。。玄関ロビーでは、家族の迎えを待つらしいジムというおじいさんにもデボラおばさんから、この方はピアノを弾いて、私達を楽しませてくれるのよと紹介してくれた。ちょっと耳の遠いらしいジムおじいさん、ほぉ、あなたはどこのお国の出身ですか?なんて聞かれた。

自分のピアノが下手なことを十分に承知している私としては、なんとなくピアノを弾くのが気が重くなった次第である。。。

アンジェリーナとラムジィ

晴れ、最高気温20度。ガソリンついにリッター当たり1ドル25セント

先週の日曜日の朝、突然、お隣のアンジェリーナおばさんがノックノック。絨毯を取り除いて板の間張替えがやっとすんだからお茶でもいかがとのお誘い。

彼らの部屋は北西に面している角部屋で大きな窓から半パノラマの景観が楽しめる。調度品は高級なものばかりで、壁にかかったシルクのペルシャ絨毯はそれはそれは一枚完成するのに5年はかかったという代物。本物の見分け方のコツまで教わった。

レバノン人の二人は、レバノンを離れサウジアラビアにいた頃、上の二人の子供をアメリカの大学で勉強させていたという。戦火の耐えないレバノンでの人生はあきらめていたようだ。レバノンというと遠い国の気がするけれど、二人は、我々は気持ちの優しい同じアジア人よ、という。確かにとても人懐こく、北米人のそれとはまた感じが違う。そして二人はかなりのインテリでもある。日本にも行っていて、日本びいきのよう。

おじさんはエンジニアで、我々一住人がやるべき部屋の修理点検のことも実演でやってくれた。洗濯機のあるスペースの壁には工具がずらりとそれはそれは整然と並べられ、今度は私の部屋に来てもらって修理点検指導してもうことに。これで、私は何があっても大丈夫である。こうしたことに全く音痴な私としては、ウレシイ限り。

この時、おばさんの出してくれた濃いターキッシュコーヒーが本当においしかった

Wednesday, April 16, 2008

"Love in the Time of Cholera", Garcia Marquez を読む

晴れ、最高気温16度。金曜日は20度に。。ガソリン代高騰。リットル当たり1.17ドル

100年の孤独を読むつもりがガルシアマルケスの最新作になってしまった。映画にもなった作品で昨年末あたりに公開されたような。

身分の違うプラトニックの恋。フェルミナは父親の希望どおりに医師と結婚、フロレンティーノはフェルミナのことを忘れる事が出来ず独身のまま過ごすが、もちろんその間、多くの情事が。。そしてフロレンティーノがフェルミナに恋した日から、51年9ヶ月と4日の月日が流れ、フェルミナの夫の死を契機に、70歳を超えた二人の愛が再燃する。

なんだかわからないでもないです。わたしも、なんとなくありえない話じゃないという気も..。昔思いを寄せた人に、80歳になってから会って、その時お互いに一人モンだったら。。。って(う~ん、二人くらい脳裏をよぎる....)。=(一人ではなく、二人というところに私のテキトーさがでているなぁ。。。)