Sunday, March 22, 2009

リラックスしている人達

スカッシュクラブに入り、新しい人達との出会いが始まった。スカッシュクラブはトロント郊外のベットタウンにあり、英語を母国語としない移民メンバーは私とこちらでPhDを取得した北京出身のカップルだけと思われる。

リラックスしているというのは、経済的にも精神的にも裕福というのか、余裕があるというか、ライフスタイルが確立しているというのか、ちょっと定かではない。

カナダに移住してかれこれ20年になろうとしている。その間、どちらかというと移民との交流の方が多かった。今も続くポーランド人との交流とかね。移民一世の生活は楽ではない。日本人であるということは、勤勉さが評判の経済大国(とりあえずね)からの移民ということで、ポーランド人と比較するとアドバンテージがあるかもしれない。ポーランド人を例にとると、みな自国でのキャリアを忘れ、次世代の子供達のために、生活の基礎を築くために職業を問わず働く。一方、クラブで会う人達は、悩みや苦労はそれなりにあるだろが、両親の世代には既に生活の基礎が築かれて入ると思われる。それに加え、みな弁護士だ会計士だ、エンジニアだとプロフェッショナルな仕事に従事している。スポーツが自分達の生活の一部にきちんと組み込まれていて、多分、子供の頃から、スポーツクラブに所属したり、積極的に課外活動に参加していたのではないかな、と想像する。要するにクラブメンバーは所得が中流の上ランクなのである。そうした意味では、クラブメンバーは一部の階層に集中する白人社会だ。

スカッシュした後、じゃ、コーヒーでも、、と足をのばし、おしゃべりに花が咲く。。最近気付いた事は、このおしゃべりがなんとも話題豊富でリラックスしていて楽しいのだ。そして、こんな話しばらくしていなかったな、、とふと思う。自分もカナダ移民としての生活が長くなり、カナダ事情を知り、自分の英語力も伸びたこともあるのだろう。

移民の人達との話題には政治的な事情を鑑みることが多々ある。彼らは歴史の一こまを実際に生きている人達。そしてクラブメンバーは、政治的関心は一応高いけれど、移民のそれとは異なり、大方は客観視し、メディアでその事情を知るという安穏とした時代に生きているのではないかな。そして、60年代の日本に生まれた自分もその中に入る。。でも、仕事が生活の中心であるという社会で育った自分は、まだまだリラックしている人達のカテゴリーに所属できそうもない。

メットオペラ:マダムバタフライ、ラソンナンブラ

気温が13度まで上がったかと思うと19日は雪。週末は風もなく穏やかで気温は6度。

3月はマダムバタフライに続き、ファンディエゴフロレースとナタリーデュセーのオペラ。

マダムバタフライは、日本人には耐えられないほど衣装がめちゃくちゃで、素晴らしいオペラにもかかわらず失望。かつらは折り紙張り合わせ、かんざしならぬ大型造花がドンと頭に。振袖風ドレス。蝶々婦人のママがなぜか角隠ししてる。蝶々夫人に求婚するやまうち(だったっけ)は、侍姿プラス山吹姿。あんたはいったいダレ???って感じ。なんでも、ディレクターの中国人の奥さんが衣装担当で、彼女のおじいさんは広東オペラに携わっていたということで、なるほどうなずける。広東オペラと北京オペラの違いは定かではないけれど、あの独特の色彩がそのまま使われていた。日本に行き、能や文楽も楽しんだというけれど、、、。友人の一人いわく、いまだかつてマダムバタフライで舞台衣装に満足したという日本人は聞いた事がないとのこと。NYには日本人が沢山いるのに、どうしてコンサルタントしてもらわないのだろうか。。との弁。もう一人の知り合いも同意見。衣装担当者は、自由な発想が求められるし、必ずしも日本の正統文化に習う必要はないけれど、ここまでめちゃくちゃだとねぇ。

昨日は、睡眠中に歩き回る習癖から婚約者との間にトラブルを発する、という他愛もない話のオペラ。でも、ペルー人のテナーフロレースが絶賛。声量、音域、ハイC、とけた違いのダイナミックさに予想通り感激(スクリーンに向かって拍手もした)。ナタリーも素晴らしいけれど、フローレスの声量に圧倒される感じ。本来舞台設定はスイスなんだけれど、ニュープロダクションということで、設定はマンハッタンのリハーサル場。これも、メットの前向きな取り組みなんでしょうけれど、成功とはいえないと思う。歌詩とマッチしていないのがあまりにも明らかで、違和感を感ぜずにいられない。カメラワークも珍しく雑で、胴体だけアップになったり。。ま、こんなこともありますかね。

ニューヨークの会場は、フロレースのテナーを聞きに来たと思われる観客でいつもより一杯だった。

今シーズン最後は5月で、新進のメゾソプラノ歌手の登場。宣伝で映し出されたけれど、素晴らしい!彼女のCDも手に入れたいと思ったほど。楽しみ!

Monday, February 23, 2009

南米の旅:2009年2月4日から2月15日



パラグアイ、アルゼンチン、そしてちょっとブラジルという旅から帰ってきた。


トロントからだと直行便でサンパウロまで約10時間。待ち時間は長いものの、そこからパラグアイの国境の町Ciudad del Este までの飛行時間は1時間40分。なかなか南米には縁がなく遠いものと思っていたけれど、結構悪くないものだと実感。でも、日本からだととても長旅ね。


行く前に図書館からベルリッツの30日間スペイン語マスターなるCDとテキストを借りてきたけれど、結局履修せずに出発。でも、今回、英語を母国語とする人達ってなんてラッキーなんだろうと痛感した。どこに行っても大抵通じるし、申し訳ありませんが、英語なんて言葉をお話になるでしょうか、、なんて謙虚な態度を微塵たりとも見せる必要もない。。。 次はいつスペイン語圏に旅するかわからないけれど、英語よりずっと発音しやすいスペイン語、次回はもうちょっと勉強してから行きたいもの。


写真はブラジル側からの世界3大滝の一つ、イグアスの滝。

Saturday, January 31, 2009

またまたコンドミニアムの老人達

雪の降る街である。
コンドミニアムに引越して1年1ヶ月が過ぎた。やっぱり、引っ越してよかったと思うことしきり。雪かき、車の雪払いをしなくていいのがどれほど楽なことか。。

以前にもここに住む老人達の事を書いたけれど、再び。去年は2、3人の新聞の切り抜き死亡広告が掲示板に張られた。いずれも80歳以上で、90歳を越していた一人の女性は、イギリスからの戦後移民。大戦中は、看護団員の一人として貢献したそうだ。カナダに移住してからも問題のある家庭の子供達を引き取るフォスターファミリー団体活動に従事していたとのこと。

ある土曜日の朝、一つのエレベーターが止まっていて、管理人のニックが玄関に立っている。エレベーターの点検?って訪ねたら、救急車がきているとのこと。老人ホームみたいなコンドミニアムだから、結構頻繁に救急車がきているのかもしれない。

先日、バルコニー付き南向きの広い部屋が売りにでていると掲示板に張られていたので、興味深々で見に行った。そうしたら、両親がずっと住んでいたのっと、その娘さんが案内してくれた。お母さんが昨年なくなり、80歳を超えたお父さんをシニアホームに移したそうだ。なるほど。。。

新年早々、日曜日の朝8時に、火災報知器がなり、階段を使って1階に下りるようにとの放送がなった。老人達は大方フロリダに行っているのか、階段を見ると、まばらな人影しかない。1階に集まった一人の老人は、火災が起こると助けてくれるって聞いているけれど、未だかつて誰も私を助けてくれた例はないわね、と皮肉交じりに言っていた。

先週だったか、夜の9時過ぎに部屋のドアをどんどんと叩かれた。ドアをあけると、コンドミニアムの住人で理事のロジャーが立っていた。私の部屋の上に住む住人から、私の部屋から煙が出ているみたいだとの通報を受けたという。なるほど、ロジャーの後ろにもう一人のおじいさんが立っていた。火の気はないけれど、乾燥機を今使っているよといったら、乾燥機からの空気が外にでて煙に見えたらしい。ということで問題なし。 火の元注意である。

Friday, January 30, 2009

市民劇場でジェーンオースチンの「高慢と偏見」を観る

1月31日(金)今晩、気温がマイナス18度に下がる。日曜日の最高気温はプラス2度。もう、めちゃくちゃ。

1月17日に、お芝居好きの友人に誘われて、市民劇団のお芝居を観にいった。あまり、演劇には縁がなく、カナダに来て初めての演劇鑑賞じゃないかと思う。座席が180くらいの小劇場でのお芝居。もともとトロント大学の女子卒業生による劇団として1919年に創立されたらしい。その後大学との縁は切れ、皆オーディションを受けての選抜とのこと。70歳くらいのおばあさんも出ていた。上演期間は2週間。素人くささの漂う雰囲気だったけれど、中から有名になる俳優さんもいるらしい。オーデションの条件に、この劇団は俳優組合に加盟していないので、組合員となっている方は対象外となりますとなっている。

友人のDは看護婦組合の弁護士。傍ら趣味でフランス芝居を英語に翻訳している。昨年は彼の翻訳が最終選考を通って別の市民劇場で上演された。また、演ずるのも好きらしく、オーディションを受け合格。2月から3月にかけてのお芝居に出る。観にいくのが楽しみだ。

Saturday, January 24, 2009

最近のメットオペラ

快晴、マイナス15度
11月22日:la Damnation de Faust, Berlioz
12月20日:Thais, Massenet
1月10日;La Rondine, Puccini
1月24日:Orfeo ed Euridice, Gluck

ベルリーズのファウストは、シルクドソレイユのプロデューサーによるもので、視覚に訴えるテクノロジーを駆使、また2次元にとどまらず舞台で3次元の動きを見せるという素晴らしいものだった。1月17日にアンコール上映があり、かなりの友人に勧めたけれどどれだけ行ってくれたかしら。

タイスはメットカバーガールのレネーフレミング。彼女のパワーを感じさせる迫力。でも、いつもレネーの舞台ドレスは特製の誰それデザイナーのドレスというのが話題になるのがなんかねぇ。

ロンダインはプッチーニ唯一の誰も亡くならないオペラとか。ソプラノ、テナーは本当の夫婦。奥さんはルーマニア人。バリトンのメットデビューの男性もルーマニア人で、ルーマニア人のオペラ歌手をちらちら見る。新しい演出ということで、最初のオペラは7歳の時にスカラ座で観たというオペラ通の友人も一緒に。彼もかなり感動の様子。プッチーニということでか、いつもより観客が若干多く40人くらい。なんでも近くの小さな町でも満席という状況らしい。とすると、この地元の映画館での上映は本当に穴場だ。

今日のオルフェオとユリディチェは、Mark Morrisがプロデューサー。ギリシア神話のなんともへんちくりんな話のオペラ化なんだけれど、かなり現代版としての演出。当然のことながらダンス振り付けもMarkMorris。おそらく従来のオペラだと、オーケストラの長い演奏が続くだけのところに、ダンスをもってきたのだと思う。これが、コンテンポラリーダンスであることはいいのだけど、振り付けは今一だったというのが感想かな。NYCの劇場での観客も少々戸惑っていた様子で、ダンスが終わったところで、拍手すべきかどうか、数秒間があり、まばらな拍手となっていた。このオペラ、この間みたスラムドッグミリオネアの映画の中でチラリと出たように思う。それは、ギリシア舞台バージョンの演出だった。。。 オルフェオはテナーではなく、メゾソプラノ女性。MarkMorrisがぶらりとさがるネックレスとショッキングピンクのショールであらわれ(普通のプロシャツとパンツの格好の上に)、なるほどゲイが演出すると、オルフェオも女性になるわけだ、、、という友人の弁。

でも常に革新的であるべきというモットーにたっているメットだから、さすがといえないでもない。

Friday, January 23, 2009

景気が悪い その2

1月23日、日中最高気温プラス2度。夜はマイナス20度で、体感温度は28度。。。ブルル

仕入先さんが会社更生法(と訳していいのかな)適用。
1953年創業の暖房機器を製造する地元中小企業が縮小から閉鎖へ140人解雇。
ドイツ移民で自分の家の一室から起業したという会社の縮小。80人解雇。
近隣の大きな保険会社が120人解雇。

カナダの国家予算も今後5年間は大幅赤字だって。ずっと黒字だったのに

Wednesday, January 21, 2009

景気が悪い

晴れ、マイナス13度

自分の職場も景気の悪い事しかり。そして、いたるところで景気の悪い話ばかり。12月は連日のように中小企業の倒産や工場の閉鎖のニュース。それにともない数百人から千人以上の解雇。クライスラーの大型トラックを製造する工場は町自体が3000人ほどの人口でその半分弱の数の従業員が解雇された。町自体壊滅状態である。身近なところでも、我コンドミニアムの知り合いも1月から失業、そして、いとこのボーイブレンド、ポーランド人の旋盤工の友人もいつも残業におわれていたのに今は8時間労働とのこと、奥さんが仕事があるだけましかも、、って。

景気回復なんて光はかすかにも見えない。まだ、斜面を転がり落ちているというのが本音で、谷底すら見えていない。

Tuesday, January 20, 2009

結婚25周年記念いくつかのパターン

以前にポーランド人の友人ゴーシャとアレックスの結婚25周年記念パーティーのことを書いた。2008年は周りで結婚25周年を祝う人たちがいた。 以下は他の知り合いのもの。

1.スコットランド出身のイアンとシオナの場合(40代後半のカップル)。案内状は、プレゼントは不要、1983年のファッションで来てくださいというもの。お家に行くと、沢山結婚式の写真アルバムも用意されていた。マイケルジャクソンのスリラーのヒット、プリンス、そして肩パットが流行り。ルービックキューブもこの年のもの。ということで、私はシンディーローパー風にアタマに大きなリボン、子供用の店で買ったネックレス・ブレスレットじゃらじゃらで行く。彼らの18歳の息子のロニーから、かっこいいよって言われて喜ぶ。。そして、ベスト衣装賞を獲得。おもちゃのバスケットボールゲームをもらう。

2.会社の友人バレリーの場合(40代中盤のカップル)。ベトナム人のご主人と一緒にメキシコ旅行へ

3.会社の友人デイブの場合(50代中盤のカップル)。ジンバブエ出身の白人デイブとカナダ人の奥さんは二人で自宅で過ごし、レストランでお食事。11月にしては珍しい好天で、デイブは一人でお気に入りのバイクで走る。

ゴールデングローブ賞受賞、「スラムドッグミリオネア」を観る、1月16日

TGTF (Thanks God Today's Friday、今日は金曜日、神様ありがとう!!)、ってよく金曜日に職場で使うのだけど、花金と訳せるかしらねぇ。仕事の後のみ歩くなんて殆どないけれど、サラリーマンにとって、金曜日はやはり”花の金曜日”。

ということで、花金気分で夜9時25分から上映の「スラムドッグミリオネア」を観に行った。ゴールデングローブ賞をとったばかりということと、学生街の小さな映画館ということで満席。無学歴のジャマールがクイズ番組で最高賞金を得る、果たしてどうして無学の彼が正解できたのかという種明かし。インド、ムンバイのスラムが舞台で、たくましく生きる二人の兄弟。インドスラムの現実を映し出す一方、常に希望の光がこの映画にはある。

映画館に行って、広告を見ていると、なんだかこの話、本で読んだみたい。。と思ったら、やはり原題「Q&A」の映画化されたものだった。2年ほど前に、いとこが結構読みやすいし、おもしろいかもって勧めてくれたもの。実は、本の各章ごとの展開となんだか文体のスタイルが苦手で3章あたりで読むのをやめていた。映画をみてもう一度読もうとまた開いたけれど、やはり、文体が好きじゃない感じ。。当然のことながら、本と映画は少し背景が違うらしい。頑張って、読み終えようか。。。

Sunday, January 18, 2009

久しぶりに地元交響楽団の演奏会へ

1月20、21、22日と、この冬最高の寒さ。マイナス27度で、体感温度マイナス34度だって。。週末は降雪量4センチ

クリスマスプレゼントとしてチケットをもらい、2年ぶりくらいに地元交響楽団の演奏会に行った。いつもの演奏会場ではなくて、隣町にある演奏会場へ。ベートーベンとブラームス。これが、よかったんだな。。足を運ばなくなった理由に、いつからか観客が楽章ごとに拍手するようになったことが一つある。それが、今日の会場での観客には全くなく、なんともスムーズに。。常任指揮者はカリフォルニア出身。今回の寒さで、「慣れてしまえば平気だよ、、」という発言はもうでなくなったそうだ。

ベートーベンのピアノコンチェルト3番、Cマイナーは、22歳の中国出身の女性。華奢な腕が鍵盤の上を流れる川のように動いていたけれど、このコンチェルト男性ピアニスト向きだな、、と思った。

Monday, November 24, 2008

メットオペラ;ドクターアトミック

11月8日の上映。地元の映画館は相変わらず観客数20人強。このままだと、来シーズンの上映は難しいかも、、と気をもむところ。

オペラのタイトルドクターアトミックは、原爆開発のマンハッタンプロジェクトの責任者であり科学者でもあるロバートオッペンハイマー(J. Robert Oppenheimer)を指す。このコンテンポラリーオペラは、1945年のニューメキシコでの原爆実験までのオッペンハイマーの苦悩とその政治的背景をつづる。

宣伝予告で観た時は、通常のオペラの愛と憎しみと狂気(?)なるもは見られず、今一乗り気のオペラではなかったのだけど、以外や以外、これがなかなかよかったのよね。なんでも、彼らの歌う歌詞は、あるものは残された記録文書のものにメロディをつけるというかなりユニークなものだったらしい。定番オペラではなく、こうしたコンテンポラリーなものに取り組むところはさすがだなぁと思う。

マルコムグラッドウェル待望の3冊目出版!!出版記念をかねて世界中ひっぱりだこ

今年は冬が早い。今日は霙。ガソリン料金はリットルあたり76セント。あれよあれよというまに一時の高値から60セントも下がってしまった。

本のタイトルは、"Outliers; The Story of Sucess"。アウトライアーとは、常道から外れるといった意味をもつ科学用語らしい。例えば、パリの夏は暑い、でも仮にパリの夏に雪が降るとすると、それはアウトライアーとなるわけ。

サブタイトルが「成功物語」というちょっとぱっとしないもののような印象をうけるけれど、そこはマルコム、成功者の秘訣をその生い立ちをたどるのではなく、データをもって分析する。たとえば集中度10000時間がどうも成功の分岐点のひとつらしい。

ということで、今週は英国で、来週はカナダのトロント大学のビジネススクールで講演(参加費31ドル、会社早退していこうかしら。。)。CNNのインタビューもうけたりと、もうもてもてです。

なんでもデイジーにこの本を捧げるとなっているらしい。インタビューによると、これは母方のおかあさんとのこと。今回のあとがきでしっかりと確認したいことは、Katherine Lyodという名前が再びでてくるかどうか。2冊目のBlinkのあとがきで、わずか1行の文章で彼女の名前がでている。なんでも執筆中のマルコムの健康と日々の生活を気遣ってくれた人らしいのだ。。。

Tuesday, October 28, 2008

「仏果を得ず」、三浦しをん、「波のうえの魔術師」、石田衣良、を読む

プロジェクトのピークが終わったことを確信。異常な残業もなく、5時で帰宅の途につくことができるようになりました。ちょっと燃焼症候群状態で、自分の生活パターンに戻るのに少々とまどっているところ。。

全く趣のことなる2冊の本で、一気に読み終える。読後の印象は、なんだか、何かをテーマとした漫画本の小説版といった感じ。たとえば「食」をテーマにした「美味しんぼ」とか、フランス革命を舞台とした「ベルばら」とか(古い!)。「仏果。。」は、読者に文楽を紹介するという点ではすばらしいし、キャリアをもつシングルマザーと文楽家との恋愛という形も日本では新鮮かもしれないけれど、文学として優れているかというと、今年度のヒットチャートをにぎわしたという程度のものにすぎないような。。。文章は結構読ませるかな。「波のうえの魔術師」にいたっては、1998年の日本金融破綻のさしせまった状況を総復習できるかもと思ったけれど、結局青春小説で終わってしまったという感じ。文体もつまらないし、人物描写が村上春樹のそれを真似ているような印象もうけないでもない(なんとかブランドの何を着ているとかね)。

前述の村上春樹のインタビューで、批判するのは簡単だしおもしろい、一方で、オリジナリティを発揮するのは非常に難しい、でも、誰かがオリジナリティを発揮せねばならないとある。

メットHDオペラ:サロメ、10月11日

1幕休憩なしのサロメは、中盤から一気に盛り上がり、フィンランド出身のソプラノ歌手カリタマティラの絶対的な迫力に圧倒された。

サロメの一場面で7つのヴェールを脱いでいくシーンがあり(いわゆるストリップです)、2004年にメットオペラでサロメを歌ったカリタは上半身裸の姿で観客と向かい合ったそうだ。ということもあり、今回メット総支配人は今回は上映スクリーンにそうした場面をお見せする事はありませんと先に説明があったらしい。実際は、上半身裸の後姿から、両手の平で乳房を隠すポーズで一瞬ふりむいた!ヨーロッパでは、数人のソプラノ歌手が上半身裸の姿を観客にみせており、あるソプラノ歌手はその姿で5分間も歌いつづけていたそうだ。

昨年のメットでカリタマティラはマノンレスコーの役を演じている。このときは、なんとなくヒステリックな印象で、迫力あるけれど、あまり好きなタイプじゃないなぁ~という印象だったけれど、今回の体当たりの演技で、ファンになったかな。

次回はメット初演のドクターアトミック。原子力爆弾発明者の話のよう。予告の感じではオペラというよりミュージカルの印象をうける。

村上春樹ニューヨーカーフェスティヴァルに登場:10月5日

ここのところ朝晩は零下。

毎年恒例のニューヨーカーフェスティヴァル。今年は村上春樹がゲストとして招待されインタビューを受けていた。なんでも、入場券は発売からわずか11分で売り切れるという記録的なものだったらしい(マルコム講演はいつも売り切れるけれど、11分以上かかっていたはず)。

村上によると、彼の小説の秘訣は、1.インスピレーション:ある日突然作家になった。どうして作家になったのかはわからない、2.文学に必要な要素を3つあげると:理性、調和、そして、即興性、3.はずみ:次のページをめくって読みたい、でも次のページにはなにもない、だから書かなくちゃいけない、次に何が起こるのかわからない、だから、書く、、の繰り返し。4.幸福:主人公が幸せだと、物語にならない、5.作家に必要不可欠な剛健さ:時にはロッキーになる必要あり、6.書くといくこと:喜び

観客の中から、村上の本を通じて日本人女性と結婚したというカナダ人が立ち上がり、妻から「こんにちは」とくれぐれも伝えてくれといわれましたと発言。そうすると、後方から、ぼくなんてオーストラリアから来たよ!との声があがったとのこと。

ニューヨーカーフェスティヴァルの入場券購入はかなり難しいとみているのだけど、みなどうにかこうにか購入しているのね。

村上春樹ってやっぱり世界的な人気作家なんだ。

Thursday, October 16, 2008

カナダ文明博物館へ行く;9月27日


9月26日の金曜日から28日にかけてオタワへ行ってきた。

今回は初めてのカナダ文明博物館へ足を運ぶ。ギリシア文明とヨーロッパ文化なる展示の最終日ということもあり、その日は結構な入場者数だった。ギリシア文明からビザンチン帝国の繁栄、そして現代にいたる。まるで世界史の総復習をしている感じだった。あ、そういえば、そんなこと習ったような。。。。グレングールドの展示もあったけれど、時間ぎれで足を運べず。。。

とても広い博物館の一部を歩いただけ、でも大ホールというトテームポールの聳え立つホールがあり、そこで、なにかのパーティーが企画されていた。二人のダンサーのリハーサルをそこで観る。

この博物館の建物はとてもユニークなデザイン。http://www.civilization.ca/splash.html子供博物館も併設されているようで、今「日本の自然との調和」なる日本の四季の風物詩なるものをやっているようだ。

Thursday, September 25, 2008

メットオペラシーズン始まる:オープニングナイト 9月22日

HD上映もこれで3シーズン目を迎えるけれど、平日の夜のオープニングナイトの上映は今回が始めて。何度も言うようだけれど、「労働者の町」と称している地元の映画館でのオープニングナイト、はたして観客はどのくらい(少ない)だろうかと思いながら足を運んだ。やはり少ない。。。う~ん10人かな。。

レネーフレミングのソプラノは素晴らしい。演技も上手。メットオペラ125年の歴史で初のオープニングナイトを飾る女性となったということ。3つのオペラから各一幕ずつのパフォーマンス。それぞれのドレスは有名デザイナーの手によるもので、さながらファッションショー。最初のラトラヴィアータの赤ワイン色のドレスが豪華、最後のカプリチオのドレスは、シックだったけれど、ガウンの感じがいわゆるねんねこスタイルに見えて仕方ない。そしてガウンを脱いだ時、レネーフレミングの背中に一本の襟巻きの黒い毛がくっついていたのが気になった(最初役柄で刺青かしらと思ったくらい)。そして、ねんねこガウンをまた身にまとった時、裾が折れて畳み込まれた感じでの着こなしとなってしまった。もう、このデザイナーにオペラ衣装の仕事はこないかも。。。

舞台はレネーの一人舞台。テナーもバリトンもかなり良かったけれど影をひそめていた感じ。NYタイムズの批評もレネーの演技のみ絶賛。オープニングナイトということで、一つの通しオペラではなかったので、個人的にはちょっと盛り沢山かなという印象。まさしく、レネーフレミングのためのオープニングナイトプログラムだったように思える。通常、このオープニングナイトは、政治家の所信表明のようにメトロポリタンオペラの今シーズンの意気込みを表すのが慣わしらしい。つまり、革新的なオペラや演出方法をこのオープニングナイトにもってくる。そうした意味では、今回の伝統的な3つのオペラでのオープニングナイトは例年のものとは異なるそうだ。これも、メットオペラスターレネーフレミングの3年前からの約束を実行したもので、2年前に就任したメットのジェネラルマネージャーもそれを変更する意向はなかったらしい。

Tuesday, September 23, 2008

ゴーシャとアレックスの結婚25周年記念:8月23日

ポーランド語の個人教師兼友人のゴーシャとアレックスの結婚25周年記念パーティーに呼ばれた。

ポーランドからゴーシャのご両親もみえて、総勢20人くらいの裏庭でのパーティー。通常、ポーランド人のパーティに行くとと小さい子供がわんさかいるのだけど、流石結婚25周年ともなると、子供も成長していて、同世代か上という年齢層の集まりだった。ちなみにゴーシャーとアレックスの子供二人は大学生と高校生。

ダンスミュージックはどちらかというと60年代あたりのものが主流だけど、ラップミュージックも混じる。印象的だったのは、ラップミュージックにあわせて、ゴーシャのパパとゴーシャの下の娘アシャが社交ダンス風に踊っていた事。ゴーシャのパパはしっかりと背広にネクタイ。

アレックスは長距離トラックの運転手で、家に戻るのは週に2日くらい。子供も順調に成長し、大きな家を構えるものの、ここのところのゴーシャの心境は複雑。というのも、ポーランドで大学を出て学校の教師をしていたゴーシャだけど、カナダでは、自分の満足する仕事につけない。少しでもいいお給料に、少しでも知的な仕事に、少しでも誇りを感じる職場に。。と思うのだが、ポーランド人に限らず移民の職探しは簡単ではない。あと数年で50歳を迎えると思うとさらに焦りはつのる。

こんなに職探しが大変だと知っていたら、カナダにはこなかったかも、、、とポロリ。。。

そういえばバッファローで。。

最高気温20度、週末から今週いっぱいは晴れ。もう夕方は涼しい。

ペンシルバニア州へフランクロイドライトのフォーリングウォーターハウスを見に行った時、バッファローからアメリカに入国した。その時、とても日本人びいきの入国審査官にあたった。そうしたら、あら、なんと昔日本で一斉を風靡したプロレスラーデストロイヤーの甥っ子というではないですか。デストロイヤー氏は、ここから20キロも離れていないところに今も住んでいるとのこと。