Sunday, May 31, 2015

Gのお姉さん滞在

5月30日、昨日から雷まじりの久しぶりの雨。。

19日の夜から26日までGのお姉さんが滞在していた。先週末は以前から予定していたGの長女を訪ねて500kmほど車で北上。Gと交代で仕事を休んで対応。週3日しか働かないのっていいなぁ。

お姉さんと二人でストラットフォードシェークスピアフェスティバルへ。あまり期待せずにハムレットを見に行ったら、これがとてもよかった。少し右よりだけど最前列の席を確保。役者のつばが飛び散るのがよく見えた。晴れたもののとても寒い日。。

バレリーナのような白鳥

金曜日から日曜日にかけてGの長女のところへ。お姉さんも一緒に。



ライラックがようやく花開くという感じ

救急ヘリコプターが病院の屋上に着陸



日曜日はフレンチリバー沿いを渓流までハイキング。日曜日は一気に夏のお天気



Sunday, May 10, 2015

ナイアガラは美しい

5月10日、水仙、チューリップが花開き、ライラックのつぼみがふくらみはじめる。気温は28度

先週末、Gの次女のKの就職祝いをかねてナイアガラへ。就職祝いといっても大学院在学中に最低1学期は職場経験をつむというプログラムの一貫での一時的な4ヶ月、または8ヶ月の就業。

宿泊したことで、日曜日の朝から早速行動に移す。お天気がよかったこともあり、ナイアガラ川の美しい水の色に感激。まるでロッキー山脈でみた湖のよう。
まずは、いつものとおりウェランド運河へ


Skylon Towerで夕食。タワーからのカナダ滝の眺め


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眼下ではなく目線でとんび?がとぶ。カメラがまにあわず、空高く舞い上がる





Monday, May 04, 2015

アクリルペインティングコース

やっと春めいてきた。気温は23度まであがる。

4月から市民のためのアクリルペインティングコースを週一回始める。絵の具を使うのは水彩画を習った10年以上前になるのではないかしら。

先生から、とにかく毎週4作品は描きなさいという指導。完成時間も15分が目安で、はがき大のサイズのカンバスに描く。15分はちょっと無理だけど、結構楽しくて45分くらいかけて一応完成させる。


 

先生は毎週課題をくれる。一週目は裁縫用の糸巻き、2週目は果物、野菜。翌週に宿題の作品を持ち寄り、先生がコメントしてくれる。ここで、おもしろことが、、、

先生の言ったとおり、糸巻きを続けて描いたのは私ともう一人の日本人で、ほかの生徒は、ティーポットやガラス瓶,かびんなど、勝手に好きなものを描いているではないですか。こうしたところで、日本人の几帳面さみたいなものをかいま見るのよね。。先生の言うことはちゃんと聞きましょう!っていう教育がみっちりと、、いまだに身についている。。ヤレヤレ。。


Sunday, April 26, 2015

お金持ち気分にひたる?

気温が12度まで上がる。晴れ

先月、同僚がクルーズ旅行から戻ってきた。ティーンエイジャーの子供二人といっしょ。大型クルーズシップで借りた部屋はなんと執事つきとのこと。子供たちが、ねぇ、クッキーが食べたいんだけど、もってきて~とか、何とかの映画をみたいからDVDもってきて~とかやるらしい。クルーズ敷地内も、この一画のこのプールは、プレミアムを払っているお客さんのみ、と、まるで、地上での現実と同じく区画に線がひかれるらしい。

もう一人は夫婦でメキシコのリゾートへ一週間過ごす。執事のみならず、おかかえ運転手、おかかえクック付とのこと。

1週間、お金持ち気分を味わい、帰国しては、現実に戻るというパターン。

ふ~ん、、って感じ。

今日、少し遠出して、ハイキング。林の中の散策道を歩くと、鹿がでてきた。気温が少し上がり、カヌーを楽しむ人達も。今シーズンはじめて、ヒヤシンスが開花しているのをみる。やっと、春がやってきたという感じ。


車からカヌーをおろす

Tuesday, April 21, 2015

くさまやよいを知る

やっと気温が20度を超えた土曜日。今日は風が強く最高気温は11度。

最近、歴史のある古い建築物を保存しようという地元グループのボランティア活動を始めた。そうしたことから、色々なお知らせメールが入るようになり、建築関連の講演会に足を運ぶようになった。

話題は持続可能な建築物。建築家のための建築デザインではなく、住む人の要望にかなった建築物であるべき、等々。昔々、持続可能な開発というテーマが途上国開発のテーマとして取りあげられ、すっかり定着したけれど、建築業界でもそういうことをいっているんだと知り、なるほど、、とうなずく。

Aaron Betsky

持続可能な建築物がテーマ。世界各地で毎日のように講演をしているということで、スライドの内容も発表もプロのプロ。建築学部が地元にあるおかげで、こうした一流の講演会が、この労働者の街で、聞くことができるというのが、本当にウレシイ。

Douglas Cardinal

ダグラスカーディナルはドイツ人の母親と先住民族の父親を持つカナダ人の建築家。トルドーが首相の頃、歴史博物館の建築デザインに携わる。有機的な建築物というテーマで、フランクロイド的なデザインに木を素材とする建築物。カナダ中部平原での先住民のコミュニティセンターや市民ホールなどをデザインする。かなり先駆的な建築家で50年代に3Dの建築デザインがほしいということで、テキサス大学で、コンピューター開発も手がけたよう。当時に比べると、最近のコンピューターは夢のようだという。父親からは自分の知識はこぶしほどのものしかない、世界はそれほど、自分はしらないことだらけだと。また図書館にあるものは過去のもの、新しいものはその外にある、その未知の物を見つけるのが人生の醍醐味という感じ。

2月に Marc FornesがNYCから講演に来る予定がNYCの大雪で5月に延期になった。かれのサイトから、草間弥生というすごい日本人女性を知る。オノヨーコより少し年上か。30数年精神病院に入院していたというくらいすごい。現在85歳、ルイヴィドンがくさまやよいコレクションを作る。ルイヴィドン博物館のデザインにもMarcと一緒に手がけている。彼女の狂気さがたまりません。。

http://www.yayoi-kusama.jp/e/information/

メスのカーディナルはエレガント

サテライトモーテルのロケットがもどった

エリー湖、流氷というのかなぁ。気温があがり砂浜には蒸気がたつ

Friday, February 13, 2015

梨木香歩、佐藤優を読む

この週末体感温度マイナス40度という記録的な寒さの警告がでている。

読書の冬。以下の本を以下の順番で読む。好みの順序も読んだ順番と一致しているかな。

海うそ
家守綺譚
自壊する帝国
新戦争論
春になったら苺を摘みに

佐藤優の経歴はいたるところで調べることが出来るけれど、梨木香歩の経歴をみつけるのはむずかしい。本人も、作家の顔など見えては読む側の邪魔になるという考えもあり、あえて写真など出したくないそうだ。以下にみつけたのは、彼女の作品や面談記事などから集めたという梨木香歩の経歴。

http://www.k4.dion.ne.jp/~ttkf4/newpage22.html

偶然だけれど、二人とも同志社大学の神学部をでているらしい。佐藤優の出現でみな彼の教養の深さに驚いている。こうした人物がやはりいたのだと思うと感激もの。そして、梨木香歩も同じ神学部とは。

今日、教養というものは神学部でなくては得られないのかもしれない。じっくりと読む、考える、理論を構築するという、近視眼的な教育からは程遠い訓練を通して教養が育まれるのだと思う。

ジビが亡くなった

この冬一番の寒さ。マイナス24度、体感温度はマイナス35度。数日厳しい寒さでこの週末は更に寒いという予報

1月の最後の日曜日にポーランド人の友人ジビがなくなった。ロバートからたどたどしい英語でのメッセージが留守電に入っていて、びっくり。ジビはここ2年ほど体調を崩していた。。。

去年の夏の終わりに、ジビが精神神経科に入院しているという話を聞いて、彼の大好きなプリンを作って、あわててかけつけた。丁度退院したての頃で、相変わらず、馬や、はと、鶏の世話に追われていた。声はそれなりに元気なものの、体重がかなり減り、細いからだがさらに細くなって、70才代とも見れる風情となっていた。なんでも眠れないということだった。

その背後には色々あるようなのだけど、たとえば運送業用のトラックが壊れた、新しいトラックの資金繰りの目途がたたない。そして、優しいお父さん思いの長女が妊娠し、その父親となる不精のボーイフレンドが同居し始めたことがある。一夜の出来事と思われる妊娠で、私が訪ねたときにはもう数ヶ月になる男の子が生まれていた。若い二人がお互いに信頼しているのなら、親としても何の問題もなく受け入れるのだけど、当の本人たちがうまくいってない、、ということで、かなり頭を悩ましていたようだ。誰を責めるでもなく、ジビも内部に言いたいことを閉じ込めていたよう。彼にとって、娘の花嫁姿を夢見たことだろうし、娘の幸せを常に願ってたことはどの父親とも同じ。優しい父親だったと思う。奥さんのエラとその夜電話で話すと、今日はあなたがいたから、表向きは二人とも仲良くしていたけれど、いい争いが絶えないのよ、って。次女のバーバラは、お母さんに、まだまだこれからどうなるかわからないわねっていうのって。ジビの家族には、自殺者が数人いるというのもエラの心配事の一つだった。

ポーランド共産主義時代に国をでてカナダへのビザ待ちのために数カ国に滞在している。広い土地つきの家を購入したのがかれこれ20年ほどになるのだろうか。お葬式には沢山の人が参列し、墓地では、真っ白な鳩を数羽最後に放った。とてもとても寒い冬のお葬式。電話をかけてくると、必ず、昨日は元気だったか?という文句で会話が始まる。享年58歳。若すぎるよな~。
マイナス24度の朝、家の煙突からけむりがもくもく

先週の日曜日の樹氷、裏の森もベンチもガゼボも雪の中
裏の森

Sunday, January 25, 2015

エアビーアンドビー Airbnb

2015年1月25日、晴れ、マイナス13度

日本のニュースでおそらくエアビーアンドビーのことだろうと思われる記事がでていた。あるシステムを通して、家を外国人旅行者に開放し収入を得ている例があるが、旅館管理法だったかに反する行為ではないかというもの。この家族のところには既に100人以上の旅行者が訪れている。

似たような記事が去年の春頃に、こちらでもあった。エアビーアンドビーは、自分の住まいをウェブ上に登録し、お互いに連絡をとりあって、間借りさせたり、貸したりするという、そのシステム上の仲介役。その影響でニューヨークのマンハッタンのホテルが打撃を受けているというもの。

確かに未だ不明な点はあるけれど、私達も昨年秋のNYCの旅行にエアビーアンドビーを試してみた。マンハッタンのホテルは最低でも一泊350ドルはくだらない。私達としては、寝るだけのところにそんなお金を使う気は全くない。少々の不安はあったものの、アッパーマンハッタンの住宅地にある地下鉄近くの居住者とシェアという小さなアパートをみつけ、宿泊費を大いに節約することができた。

私達のホストはスペイン語を話すアントニオ。自己紹介にゲイの一人暮らし、カーリーヘアー専門のヘアスタイリスト。各地で仕事をしているので不在のことが多いというくらいの自己紹介。彼のアパートを使った人のレビューを見ると、アントニオが不在で会うことが出来なかったというレビューが多い。でも、とても親切で常に連絡をおこたらないとの評判。

幸いにも、私達は初日夜10時ころ部屋に戻ったところ、アントニオと会うことが出来た。ゲイのヘアスタイリストということでおしゃべりは軽快。自分は、隣の部屋にいて朝7時にシャワー浴びに来るよという話。なるほど、私達がまだベッドにいるときに彼がそっとシャワーを浴びに来る音を聞いた。
当初、アントニオのイメージは、各地をかけまわるヘアスタイリストということで、いったいどうやって顧客をつかんでいるんだろう。腕のいいヘアスタイリストとはいえ、ヘアの手入れの価格は知れている。そんな中で、部屋をシェアすることで月3000ドルの余剰収入が入る。結構生活に困っているのかな、とか。。なんたってマンハッタンである。

私達がアクセスできないアントニオの部屋には貴重品があるのかもしれないけれど、小さなフラットにあるものといっても知れている。共同の小さな台所、お風呂場、小さなダイニングには、基本的なものしかない。家でゆっくりするというスペースはない。

アントニオのアパートは白い壁のみえるビル

ネイルサロンやドライクリーニングやがとなりに。青いパラソル屋根の間の小さなドアがアパートの入り口


実は旅を終えてからアントニオのウェブサイトを見つけた。そうすると、なんとニューヨーク、サンフランシスコ、ボストンに店を持つオーナー。スペイン人で、カリフォルニアでスタイリストの資格をとり、ブラジルでマーケッティングの勉強をしたという、実業家なのである。お店は夜は8時の予約も受け付けている。

つまり、彼自身が財産であり、実業家として、マンハッタンをはじめとする都市で本気で生きているのである。家族とか郊外に大きな家を持つというのが彼の夢ではなうて全てのエネルギーはスタイリストとして実業家として成功するために注がれている。そう、音楽家やダンサーがその道一筋にいきているように。すごいな~。以下はアントニオのサイト。

http://www.antonioberducci.com/





Saturday, January 24, 2015

The New Yorker ニューヨーカーマガジン

気温が少し上がって今日の最高気温は0.霧が出ている

日本のニュースは主に、朝日のインターネットニュースとヤッフーを利用している。週刊誌公告の見出し的なところもあるけれど、大雑把に何が起きているか把握。更に深入りしたい場合は、購読者登録してお金を払わなければ読めるけれど、今のところ、深入りしたいものには出会ってないので大丈夫。

ニューヨーカーマガジンも、インターネットで読めるお気に入り。話題とその分析力がユニークで、なによりも読者を楽しませてくれる。まさに優れたライターの宝庫という週刊誌。週刊で出版されているけれど、私の読むスピードではとても読みきれない。ということで、インターネット上でのつまみ読みはとっても便利。ところが、ところが、悲しいことに、この1月から購読者にならないと、見出しと始まりしか読めなくなってしまった。たかが月1ドルか週1ドルの料金なんだけど、、有料購読者になるつもりはなし。。。

残念だな~

Saturday, January 10, 2015

2015年 飛んじゃったサテライト

2015年1月10日、気温マイナス17度。

去年の11月、強風でおむかえのサテライトモーテルのサテライトの頭が飛んじゃった



Sunday, September 28, 2014

山霧、毛利元就の妻、永井路子、を読む

この一週間、秋晴れと気温が25度まで連日上がる。紅葉まっさかり。

多分、かなり前にどなたかの帰国の際に譲り受けた本だと思う。ずっと、読むきっかけがなかったのだけれど、フレンチアーキテクトを読んでから、読みたい本が手元になくて、、、と思って読み始めたら、おもしろくて読んじゃったという感じ。

戦国時代ってなんだったけ???なんて、思い起こし、戦国時代の日本地図を検索したり、インターネットってほんとに便利。

自分の責任を棚に上げてだけど、つめこみ教育のおかげで、歴史的人物の名前や地名とかになじみはあるけれど、はてなんだったっけ???と思うことしかり。優秀な学生だと、頭の回転が速くて、つめこみプラス内容を理解していたんだろうなぁ~と思う。


もっとじっくり取り組める教育指導だったら、もう少し分析力のある人間になっていたんじゃないかな。。。なんて思う今日このごろ。

Tuesday, September 02, 2014

今度は我が家で夕食

今週は気温が28度くらいまであがり、ムシムシ。明日から学校は新学期

ショーエイブとハフサを招いた。彼らの育ちのよさは一緒にいて心地よい。常識があり、話題が豊富で、発言に嫌味がないというのか。。。。決定的なことは、言葉遣いが丁寧で、下品な発言がないからかもしれない。こういうのを社交的っていうのかな。

中東問題を専攻したハフサ。なんと私の大好きなペルセポリスのマンガ本が履修科目の副読本の一冊だったと聞き、はじめて年齢の差をしっかりと実感。

ショーエイブは4人兄弟の長男。女の子を含む4人ともアメリカで学位と修士をとっている(みな理系の専攻)。お父さんは、学士とのことで、子供たちにはその上の教育を受けてほしいと願っていたそうだ。経済的に余裕のあることもあるのだろうけれど、子供たちにきちんとした教育の場を与えるのが親としての義務という精神を貫いたという感じ。

帰り際、Gがとってもエレガントなハフサの真っ赤なハイヒールをみて、ステキな靴だね~って言ったら、ショーエイブが誕生日にプレゼントしてくれたのって。ショエイブはちょっと照れて、彼女に見つからないように、コソコソ色々調べて結構大変だったんだ、って。そういえば、1年ほど前だったか、ショーエイブが、ハフサにブランド品を買ったという話があった。Gが文化の違いを感じるな~って言うので、日本の男性も彼女に結構ブランド品のプレゼントするわよ、って言ったら、僕、カナダ人でよかった、だって。
黒鳥、ベイドンで



1990年の寄贈されたという木造水車


真っ白なさぎ、ケンブリッジで

Wednesday, August 13, 2014

The Paris Architect, Charles Belfoure, を読む

暑い日が続いたと思うと明日の最高気温は16度だって、、、

マルコムグラッドウェルが彼のツイッターで、今日は僕の2013年のお気に入りの本The Paris Architectのペーパバックを持って外出、なんて書かれていて、早速購入。表紙にはマルコムの書評があった(なるほど)。

日本語訳はまだでていないよう。

第二次世界大戦のドイツ占領下のパリで、若い建築家が、ユダヤ人の隠れ場所をからくりのようにアパート内に作るというミステリー。文体の読みやすさとミステリーということで、一気に読みきる。おかげで、ここ数日睡眠不足。。。パリ市内の地図も買って、本に出てくる地名と照らしあわせるという気のいれよう。。実は、この間トゥールドフランスをテレビで見ていて、最後はパリのシャンゼリゼを何度も往復する。空からとらえたパリの美しさに見せられたという背景もあったかな。

退職したら、3ヶ月くらい、アパート借りてパリに住んでみたい。

この間まで不動産や野事務所だった隣の家が改造しはじめた。

Sunday, August 03, 2014

「1984」、ジョージオーウェル、「華氏451」、レイブラッドバリを読む

市民の日というのか、月曜日が休みで連休。気温は26度まであがる。雨が降りそうで降らない

先日、ドイツ人は残業しなくても仕事の効率性がよく、プライベートの時間を大切に使っている、という記事をよんで、”よし!”、自分も、と、最近、たかが1時間の残業もやらないように頑張っている。。というか、たかが1時間の残業があほらしくなった(ちりもつもれば、、、、なんですけどね)。かえたことは、今までみっちり5時まで仕事して、5時以降は、明日やることの整理、とかやっていたんだけど、それを4時20分か遅くても4時30分に始めた。気持ちのもちようで、やってみると、どうにかなる。とにかく、さっさと帰る。仕事も家事と同じできりがないから。特にメールの量にはホント泣かされる。。

ということで、夜、1時間余裕が出来て、夏の畑仕事と読書の時間を確保した感じ。

ジョージオーウェルの「1984」を読む。動物農場以上におもしろかった。「1984」は1949年出版され、ジョージオーウェルは、1950年に死亡している。今も生きていたら、どんなものを書いていただろうか。。。

そして、華氏451。映画を見たことがあり、ずっと読みたいと思っていて、やっと実現。レイブラッドバリは、ある日、UCLAの図書館の地下にあるタイプライターとその場所を30分当たり10セントで貸しますという広告をみて、一気に9日間で書き上げたとのこと(本にするには25000文字くらいに完成しなくてはならないということで、その後追加している)。でも、どの出版社も興味をしめさず。そして唯一プレイボーイ雑誌編集者となる若きヒューへフナーが、なけなしの450ドルで買ってくれ、出版にこぎつけたとある。先見の明があったということ。ジョージオーウェルと比較するべきじゃないけれど、レイブラッドバリーは、短編小説家。視点が鋭く、作品は映画になり、舞台になり、と成功をおさめているけれど、やはり読んでいて手ごたえのあるのは長編小説だなぁ~と思う。

畑の収穫がはじまる。これからはズッキーニ、きゅうり、そしてトマト

Saturday, July 26, 2014

夏休み、ユースホステルに泊まる

7月12日から17日まで、Gの娘を訪ねて北へ500Kmほどドライブ。そのあとマニトゥーリン島に渡り2泊しハイキング。最終日、フェリーで帰途に着く。



フェリーに乗る準備のサイクリスト

モーターサイクルは一番先にのりこむ。出るときは、また最初におりる


島ではユースホステルに泊まった。旅行で何にお金がかかるかというと宿泊代。基本的に眠るだけなので、比較的安くて感じのよいところ、というのが条件で、宿泊先選びには結構時間を費やす。

ホステルのオーナーは、脱サラの50代と思われるご主人と30歳くらいの奥さん。生後3ヶ月の赤ちゃんがいる。昨年10月にホステルから徒歩5分という浜辺での結婚式。ご主人にとっては2度目の結婚で27歳になる娘がいるという。カナダ国営のオンタリオ北部のラジオ番組のプロデューサーを長くやっていたところ、環境問題にとりくむ若い今の奥さんとであった。ラジオ局では予算カット等々で、いやけがさしていたところに、人生1度、やりたいことをやるのなら今とホステル経営に。小さなホステルは2階に個室が二つ、3つ2段ベットの並ぶ共同部屋が一つ。2階のバスルームは共同である。1階は台所、談話室、シャワールーム、洗濯場、そしてカーテンでしきられた小さな事務所がある。いったい、彼らはどこに寝ているのだろう、、、と思うと、裏庭に小さなキャンプ用トレーラーがおいてあって、そこが彼らの寝室らしい。厳しいオンタリオ北部の冬のため、ほとんどの収入は6-9月の4ヶ月二集中するという。本当にベーシックなライフスタイルである。

以下はホステルで出合った人達

1.40歳代後半のレズビアン
両方ともフレンチカナディアン教師で自転車で1ヶ月旅している。去年は2ヶ月かけてバンクーバー島を一周自転車で回ったとのこと。基本的にはテントをはってキャンプ生活。雨の日はホステルやB&Bに宿泊するとのこと。なんでも、サイクリストのために、ウチのシャワーを使ってもいいですよ、というウェブサイトもあるらしい。ドアをノックノックして、シャワーをお借りしたいと、いえばいいとのこと。たいていは、軽いスナックなど提供してくれ、シャワー以上の恩恵を預かる。一日あたり15kmくらいの走行ということで、比較的のんびりのペースで動く。一人の女性は、先住民族の住む地域の先生をしていたことがあり、ひと月に3人もの自殺者がでるという、かなり厳しい環境での教師生活だったとのこと。二人は数年のうちに日本に行きたいとの事で、日本でのレズビアンの対応はどうかとか、色々聞いてきた。

2.ドイツからの女子大学生二人
一見して、ヨーロッパからの旅行者とわかった。服装、雰囲気が北米の学生と全く違う。黒髪ショートヘアーの一人は秋からPhDプログラムに進むという物理学専攻の大学院生。レンタカーを借りて1ヶ月オンタリオとケベックを回り、さらに一ヶ月は親類のいるカナダ西部にわたるとのこと。ユーゴスラビア出身のおばあさんの家族が民族紛争の際に難民として移住したらしい。

3.カナダの大学生カップル
20歳くらいと思えるカップル。一日あたり60km走破目的でこの夏サイクリングの旅をしているという。この1月にはギリシャに二人で遊びにいった。

Gの娘のいる町はニッケルの炭鉱の町

Gの娘のだんなの両親の家。去年ボヤをだしてコッテージを再建築
炭鉱ツアーガイド
ナイアガラ断層をハイキング。先は断崖で高所恐怖症の私は、際までいけない

ガラス張りで広いパティオがあり水に面している

Friday, June 27, 2014

若いカップルから夕食の招待を受ける

6月14日、

会社の同僚、ショエイブから、丁寧に夕食のご招待を受けた。

ショエイブはエジプト育ち、アメリカの大学、大学院でコンピューターサイエンスの修士を取得した29歳。はじめて知ったのだけど、16歳で大学に進学したとのこと。奥さんのハフサはパキスタン人で外交官の娘、31歳。二人は、エジプトでのアメリカンスクール時代からの友達。ソーシャルメディアの発達で、エジプトを離れてからも、スカイプ等々で常にコンタクトがあったという。

20歳以上も年が離れているにもかかわらず、私とGを彼らの自宅に招いてくれ、我々としては光栄のいたり。その旨伝えると、育ちのいい二人もこちらこそ、光栄にいたりです、、と返事が返ってくる。実は、私とショエイブは会社で気の合う同士なの。

ハフサはUCLA卒業の才女。そして、さすが外交官の娘、お料理の腕は最高。幼少の頃、トルコに滞在してたとのことでトルコ語も話す。実は、なんだかんだと6ヶ国語話せんるんだよ、とショーエイブが付け足す。

この日の夕食は、トルコ料理、Gのためにベジタリアン料理も用意してくれた。そして、最後に、はじめて作ってみたんだけどと言って、いちごのチーズケーキとトルコのお茶がでてきてた。みかけは、紅茶のようだけど、しっとりとした味わいで、トルコ料理のためのトルコ茶という感じ。お砂糖もミルクもなくそのまま飲む。とっても美味しくておかわりするほど。乾燥茶ではないという、きっと入れ方もかなりのコツがいるんじゃないかな。

二人とも話題が豊富で、歴史から文学、そしてコンピューターゲーム、と話が尽きない。そして、我々の話をじっくりと興味深く聞いてくれるところが、すごいなぁ~と感心する。時計のないダイニングルームでのひと時はあっという間で、そろそろおいとまします、といって車に乗り込み、10時半くらいな、と二人で想像すると、なんと12時半。全く、失礼いたしました!という感じである。

ショエイブにお礼を言うと、またまた丁寧にへフサからもメールが届く。この日曜日29日からラマダンが始まるので、ラマダン明けに、我が家に招待しようと思っている。なに、つくろうかなぁ~。


Monday, June 23, 2014

オタワに行く

6月20日ー22日、晴れ。Gの弟のダグの60歳の誕生日

オタワ近郊の養老院にいるGのお父さんを訪ねた。先に行って帰ってきたダグにどのくらいいたの?と聞いたら、60分くらい、いや5分x12回かなって。なるほど、Gのお父さんエリックに会って、ダグの言うことに納得した。5分ごとに同じ話をする。繰り返しの話は、
1.奥さんと同じ名前の女性がここにいて、このあたりの出身なのに、未だナイアガラに行ったことがないんだってさ
2.もう一度、ナイアガラに行きたい。車を運転しようと思えば出来るけど、列車でいく。最近免許更新したから、法的にはまだ運転できるからね、
3.いつも、近くの町まで歩いている。歩かないと足腰が弱ってしまうからね。

今年89歳のエリックは、アルツハイマーを若干わずらっているものの、肉体的にも精神的にも元気な老人。未だ、皮肉交じりのユーモアも健在である。養老院で見かけたほとんどのおじいさん、おばあさんは、ウォーカーを使って歩いているのに、エリックは、まだまだ背筋を伸ばしたままテクテクと歩くことが出来る。

今朝、久しぶりにみかけたコンドの住人のデービッドが少しやせて杖をついて歩いている姿に
びっくり。どこか具合悪いのかしら、、、って思うくらい。彼も80歳を越えている。

もし自分が90歳まで生きていたら、いや80歳でも、元気に自分の足で歩いていられるだろうか、またそうするためにはどうしたらいいのだろうか、、と考えた。

ひざの故障で、去年12月にスカッシュをあきらめ、この春、ジョギングもあきらめた。。。(悲)7週間の徹底したジョギングプログラムに沿って走ったら、本当に身体が締まって、足の筋肉もよみがえったのに、残念。

ということで、今は、ひざの筋力回復運動とヨガもどきのストレッチ、歩くこと、と畑仕事に専念している。

レストランのパティオでドイツーガーナ戦を観る人達

二冬前に逃げ回ったガチョウも子供ができていた



運河からみたホテルシャトーローリエと運河博物館、そして青い空

Saturday, June 14, 2014

マルコム、高等学校75周年同窓会に登場

6月6日金曜日、晴れ、

10日ほど前に地元の新聞でマルコムが高校の75周年同窓会にパネリストの一人としてやってくるという記事をみつけ、早速チケットを購入。

パネルは生徒から慕われた英語英文学の先生が進行役。パネリストはマルコムを含めて4人。うち3人は同級生。ブルースは新聞ニューヨークタイムズのエディター、マルコムは雑誌ニューヨーカーのライターであり5冊本を出版している。テリーはハーバード大学でソビエト・ロシアの歴史を教える教授。テリーのお兄さんはトロント大学ビジネススクールで教えると同時にビジネス界でもっとも影響力のある一人として名前があげれらている。つまり、この小さなな街の高校が輩出した自慢の同窓生。

この小さな街が彼らの成長にどう影響したのか。。。というのが主な質問。オンタリオの弁論大会でも大いに力を発揮したという腕白坊主3人は機知に富んだ回答をみせる。

1.都会から離れた小さな街で、住民がお互いを知っている。この子はどこそこの子、ということで、子供のいたずら、わんぱくにも寛容な社会
2.テリーとお兄さんのロジャーはメノナイトの家庭の出身。真理・真実が日々の生活の中に存在していたという。つまり神ということなのか。。。
3.大学で都会にでて、はじめてボタンダウンというシャツの存在を知ったというエピソードを語ったブルース。5人兄弟の末っ子だったため、新しい服など与えられることはなかったという。都会に出て、自分が田舎出身者と認識したようだけど、だからといって、自分の存在、価値観がゆらぐことは全くなかったみたい。物質的な価値観にゆさぶられないなにか確固としたものが既に育まれていたと思われる。

なぜ、同学年の3人が突出したのか、というのは不思議な疑問。たまたまの偶然なのか。テリーとお兄さんは遺伝子の関係だろうか。。体育館で行われたこのパネル、お隣に座った奥さんは、71年の卒業生。この同窓会のためにみな地元に戻ってきてますか?と聞くと、クラスメイト30人中20人は地元に残っているというではないか。農業主体のこの土地。やはり外に出るより、地元で家業を継ぐのが普通なんだと実感。

いつもこの街を訪ねると、馬車にのったメノナイトの住民と一般住民が全く違和感なく生活しているのに関心する。そもそもメノナイトの人達の定住が先だったと思うので、その基盤が守られているのだと思う。

でも、ここ10年、新興住宅地が広がり、この街に、新しい住民が急激に増えている。この不思議な融合関係が今後も保たれるか、ちょっと心配。
マルコムと進行役の先生


Sunday, May 25, 2014

最近のコンドミニアム

晴れ、やっと気温が25度くらいまで上がる。チューリップからライラックへ

今月はコンドミニアムに住む二人のおじさんが亡くなった。83歳と85歳。一人のおじさんはがんをわずらっていて数ヶ月前に廊下で倒れ、そのまま入院し、つい先日亡くなったとのこと。時々エレベーターで顔を合わせていたけれど、病気とは知らなかった。掲示板に死亡広告をみて、なじみの顔に驚いた。。もうひとりはドンさん、奥さんはまだ現役で働いている。数年前に脳梗塞か脳溢血をわずらったため、半身が少し不自由、でも元気な様子。2年前は、時々杖をついて歩いていた、それが去年は、ウォーカー歩行補助を使う姿も見る。本人はウォーカーを使うのにかなり反抗している様子が伺えた。俺はまだちゃんと歩ける!といわんばかり。それが、この半年だろうか、痴呆の気配が現れ、エレベーターで、靴も履かずにいて、どの階でおりるのかわからなくなっている様子をみた。また、ドアの鍵の使い方に戸惑っている様子も。最後にみたのは2ヶ月ほど前、スーパーで。奥さんはショッピングカートを押して買い物、その間、ドンさんはスーパーの片隅にあるカフェテリアのテーブルで、一人座って待っていた。最近は二人とも見かけないなぁと思っていたら、先週新聞の死亡広告にドンさんの写真をみて、、ドンさんの死を知る。

現在住んでいるコンドミニアムは、築20年ほど。大方は、年をとって家、芝、除雪などの手入れが手におえなくなり、ここが最後の住居になるだろという覚悟(ちょっと、大げさだけど)で移ってきている(自分もしかり)。とういうことで最初に移ってきた老人たちの年齢は今80歳台。自分もしかりだけど、この5年の変化は結構大きい、そして年をとった彼らの様子をみるのは時々つらい。。あれ、この間まで、かくしゃくとしていたのに、、、という感じ。

一方で、最近は新しい入居者もみる。事情はわからないけれど5歳くらいの孫と一緒に住んでいる老夫婦、30歳を過ぎた息子も一緒に住む家族、その父親のビクターは最近みなの話題になるクセのあるおじさん。60歳台後半だろうか、アコーディオンを弾くので、あらゆるパーティーとか誕生日とか突如登場してくるとの事で、ありがた迷惑とのこと。かなり自己中心的な人物らしい。

ちょっと華やかな話題は、ずっと理事を勤めていたロジャーの再婚(だと思う)。83歳のロジャーが去年引っ越してきた60歳台のエリーンと2週間前ほど再婚したというではないか。2階に一人で住んでいたロジャーが14階のエリーンの広い部屋に移ったと知ったのは去年のこと。そして同居していたエリーンのお母さんは2階のロジャーの部屋へ。。でも、まだ続きはあって、お母さんは去年その2階の部屋で亡くなった。それも自殺だったらしい、とロジャーの再婚のニュースと一緒にきいた。そういえば、去年、警察もきて、棺がビルから運ばれるのをみた。あれは、彼女だったのではないかと思う。そして、同じコンドにすむロジャーと同じ年頃の元彼女は、ロジャーにふられ、それはそれは意気消沈としているというではないか。。

まもなく、恒例の年次総会。理事の選挙に新しい顔ぶれの候補者が現れ、またまたおもしろいことになりそう。
やっとライラックが花開く

一面のタンポポ畑。はらばいになって写真をとるG


Sunday, May 04, 2014

"Animal Farm", George Orwell を読む

晴れ、雨、気温は10度となかなか暖かくならない。

日本語は「動物農場」。高校生のころ読んだ記憶があるけれど、今回読み返してみると、なんにもわかってなかったな~、というのが実感。知的にかなり未熟だった(今もだけど)。。

第二次世界大戦真っ只中に書かれたこの本は、どの出版元も出版を拒否した背景があるとのこと。ということで自費出版ではじまり、1945年に小さな出版元が二束三文で出版に同意したとある。アメリカのランダムハウスはアメリカで動物の話は売れないと全く興味をしめさず、なんたってデズニーランドの文化の国だよ、と冷たく返事がきたとある。

自費出版にあたっては、出版の自由という前文を挿入し、イギリス政府の情報省(Ministry of Information)によるセンサーシップを非難している。その背景にはドイツを拒みソビエトと同盟を結んでいた英国の戦時下の状況があり、チャーチルは批判しても、スターリンへの批判など問題外だという風潮だったらしい。また、マルクス主義という思想とユートピア幻想、そして全体主義の恐怖、この時代世界は混沌としていた感がある。

第二次世界大戦後、難民キャンプにいたウクライナ人がたまたま目にした英語版を片言ながらも読み、直にオーウェルに翻訳許可依頼の手紙を書いたそうだ。そして、オーウェルは翻訳許可に無償で同意し、彼自身がウクライナ語版用に特別の前文を書いている。今、ウクライナ人はこの本を覚えているだろうか。。

今回読んだ本は2010年に出版されたもので、初版の出版元が創立100周年を記念して発行したもの。Christopher Hitchens という人が前文を寄せている。また、巻末に、オーウェルの前文Freedom of press とウクライナ語版にむけた前文が含まれている。

初版からほぼ70年経ても考えさせられる本。時代を経ても、本質的に人間社会はかわらないといことか。。。未だ中国やミャンマーそして北朝鮮では読まれることのない本らしい。

森林公園の散策道。雪解け水と雨で一面は洪水状態。12月のアイスストームで大木が倒れている

アイスストームで倒れた大木が散策道をふさぐ

マグノリアはまだ硬いつぼみ

チューリップはまだ花を咲かせず、ヒヤシンスと水仙がかろうじて春の気配をつげる